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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(302)

2025年12月6日


企業進出


やはり一九五〇年代、もう一陣の新しい風が、日本から吹いていた。企業進出、その再出発である。

すでに記した商社の場合は、戦前と同様、綿の買付けが主事業であった。これは無論、日本で綿糸・棉布にして輸出するためだった。

が、それを現地でやった方が合理的ということで、五〇年代半ば、東洋紡と鐘紡が工場を建設、操業を始めた。以後、他の紡績会社もこれに倣った。

五〇年代後半、クビチェックという大統領が現れ「五十年の進歩を五年で!」というスローガンを掲げ、外国企業を誘致した。

その結果、欧米そして日本の企業が続々、進出してきた。

日本からはヤンマー、久保田鉄工所、トヨタ自動車、富士フィルム、日本特殊陶業、住友銀行…等々である。

三洋毛織という中小企業が会社ぐるみ移住してきたり、東京の赤坂の料亭が店を出したりした。

殆どがサンパウロかその近くでの事業開始であった。

そして日伯官民合弁の製鉄所ウジミナスの建設計画が決定した。これは両国政府の国策…今日風に表現すれば、ナショナル・プロジェクトで、本社はベロ・オリゾンテに置かれた。

進出地はリオだったが、後年、日系企業を代表する存在となったのが、石川島重工であった。現地会社はイシブラスといった。

当時、その日本本社は、造船業界では中堅に過ぎず、資本金は二六億円、対してブラジルへの投資額は四〇億円であった。

社内や取引銀行には慎重論が強かった。これを押して決定したのが、社長の土光敏夫である。

日本からの企業進出は五〇年代末までに、三十社近くを数えた。

コロニアにも、この新しい風が吹き込んでいた。

一九五四年、南銀に日本の富士銀行が資本参加した。

その二年前、南銀を再建中だった宮坂国人は、一流銀行との提携を望んで訪日した。しかし、もう話を持ちかける相手がない…というほど不調を重ねた。最後に富士銀行が理解を示し、実現した。

さらに五九年、富士銀系の安田火災と提携、南米保険(後の南米安田保険)を設立した。

また──既述したことだが──藤平正義が織機の豊和工業(愛知県)の誘致に成功した。

山本勝造という貿易商が、佐渡島金属(大阪市)と合弁で、サドキン・ド・ブラジルを設立、豆電球の生産を始めた。

一九五八年、レジストロで、山本周作という三十代半ばの一移民が…これは日本の企業ではなく…米国のスタンダード・ブランドという食品業者と、合弁会社を設立、紅茶を生産した。

進出組を含めて、日系企業が、米企業と合弁会社を作ったというような話は、今日に至るまで、ほかにはない。

いわゆる中小企業であったが、歴史的事績といってよい。

これがシャブラスである。

同社に(一九五九年以降)三十五年間勤務した金子国栄によると、当時、拠点をリオに置いていたスタンダードが、紅茶の生産を始めようとしてレジストロを訪れた。調査後、共営者として山本に白羽の矢を立てた。

山本は、未だ小さな製茶業者に過ぎなかったが、スタンダードは彼を選んだ。

合弁会社の出資比率はスタンダード六〇㌫、山本四〇㌫であった。が、経営は山本に任せられた。

山本周作は一九二三(大12)年、和歌山県に生まれ、三〇年、家族移住でブラジルに渡った。七歳であった。

一家は最初、モジアナ線方面のカフェー園で働いたが、間もなくレジストロへ移った。ここで茶を栽培、ささやかな加工施設もつくった。

その家業を、周作は子供の頃から手伝った。学歴は、地元の日・ポ両語の小学校を出ただけであった。父親は持病を抱えていたため、周作が若い頃から仕事を任せた。

当時のレジストロは辺鄙な土地で、サンパウロに出るのに、船や汽車を使って三日かかった。今日では渋滞がなければ、車で三時間ほどである。

そうした環境下、周作の仕事の進め方は、独創的だった。

当時、製茶工場はどこも燃料は薪を使用していた。そこで自家用の他、大量に薪をつくり、荷馬車に積んで売って歩いた。

紅茶は値動きが激しいため、値が悪い時は、薪売りで食いつないだ。十五、六歳であった。

やがて、新工場を建てることになった。その頃、工場は煉瓦でつくっていたが、希望する品質の煉瓦が入手できなかったため、自分で焼き始めた。自家用以外にも焼き、販売した。

サンパウロに電気製品を買いに行くと、余計に買って帰り、それを売った。さらに販売店を開いた。

電話を引こうとしたが、敷設会社が仕事をしてくれない。自分で敷設会社を設立した。

車が必要になったが、販売店がなかった。GMと交渉、代理店を開いた。

米国から来る顧客を泊めるに相応しいホテルがなく困ったことがある。結局、自分でホテルを建てた。(つづく)


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