ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(322)
武装ゲリラの犯罪、警察とDOI―CODIの拷問・殺人以外でも、治安は乱れに乱れていた。
トロンバ、強盗の横行である。
トロンバ…つまり街路上に於けるスリ、ひったくりは七〇年代初め、突如流行りだし、瞬く間に激増した。
強盗も同じだった。
共に猖獗を極めた。
被害に遭わぬ者はないといってよいほどであった。何度もヤラレル人間も少なくなかった。
強盗に襲われた時、命を落とす者すら多数出た。酷い時には毎日の様に、その記事が新聞に出た。
日系人の被害が多く、標的とされていることが判った。襲い易い、と彼らに侮られたのである。
その内、逮捕された強盗の中に日系人の名があったり、首領がそうだったり…した。
石油ショック
悪いことは重なるもので、この国を震駭させる超巨大異変が、発生した。
一九七三年末から翌年にかけての石油ショックである。
原油価格が二度に渡って引き上げられ、四倍近くに高騰、世界経済は大混乱期に入り、ブラジルも巻き込まれたのだ。
しかも、その煽りもあって、七四年、日系進出企業に、早くも不吉な症状が現れた。一部の資本参加先の経営破綻が表面化したのである。
住友銀行のハーレス、東京銀行のフィナンシラール、総合商社日綿のサンダーソン(オレンジ・ジュース生産)──。
出資からわずか一、二年後のことである。
破綻は、石油ショックによる金利高騰などにより表面化した。が、実は相手が悪過ぎた。要するに騙されたのである。
ハーレスは、消息通なら顔をしかめる質(たち)の悪い人間が経営していた。
フィナンシラールは、清算段階で交渉が拗れた時、先方の人間が、東銀の人間に拳銃を突きつけた。
サンダーソンは、米国のマフィアが所有していたことが発覚した。
この国の経営者の中には、羊の皮を被った狼が少なくなかったのである。
同じ七四年、コチアのサンゴタルドでも、深刻なトラブルが発生した。ミナス州開発銀行から出る約束になっていた「機械類の購入のための低利・長期の融資」の実行が遅れたのだ。しかも遅れは、一年以上に及んだ。
コチア側は、それが予定通り出るものと思い込んで、大型トラクターを入植者数分、購入、開発地で稼働させていた。その支払いができなくなってしまった。
結局、組合の別の資金を流用して切り抜けた。
この融資の遅延は、開発銀行側の背信によるものであった。
石油ショックで金利が高騰する中、融資(原資は連邦政府予算)を、アレコレ理由をつけて実行せず、それを市場で運用、利子を稼いでいたのだ。
この遅延は、コチアの場合だけでなく、以後もアチコチで起こる。
しかも融資が実行された時には、その額は──国内通貨だての契約であったため──インフレで大きく目減りしており、被害は組合や組合員に被さった。
斯くの如くで、デルフィン・ネット蔵相により、国家が急激な借金政策へ転換して僅か数年後、石油ショックという想定外のリスクが現実のモノとなった。
さらに出資先の企業の質の悪さ、政府系銀行の背信という陥穽が、待ち構えていたのである。
それでも前へ
石油ショックの結果、ブラジルの貿易収支は赤字となり、対外債務は無気味に増え始めた。インフレも上昇線を辿った。
デルフィン・ネットは、任期終了で蔵相の椅子を去っていた。
が、前章で記した様に、一旦始めてしまった急激な借金依存による成長政策を中止することは、現実問題として、もう、至難であった。
対して、新大統領ガイゼルは、第二次国家開発計画なるものを作成、巻き返しに出た。
巨大な発電所(水力、原子力)の建設、世界最大の鉄鉱山の開発、驚異的なトン数の造船、石油に代わるエネルギー=エタノール=の大規模生産…などを内容としていた。
石油ショックを、これらのプロジェクトを成功させて突破する…それが目的であった。ガイゼルは、協力取付けのためフランスに、イギリスに、自身がその民族の血をひくドイツに飛んだ。
日本にも働きかけた。が、東京では、すでに大蔵省が海外投資を抑制し始めており、反応は芳しくなかった。業を煮やしたガイゼルは七六年、東京に乗り込み、諸案件の合意書調印に持ち込んだ。(つづく)









