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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(325)

2026年1月22日


その勧めには、誰も耳を傾けた筈だ。この人は、日本から来る経済人の多くが訪問あるいは会って話すほど、信用と貫禄があった。

橘は、それを勧めた時、日本の企業は、無論、時間をかけ慎重に出資先を選ぶと思っていたであろう。そんなことは付言するまでもなく、当たり前のことだった。

ところが、多くの企業が、短期間で軽々と出資先を選んでしまった。

これは、例えば、候補先の財務諸表を分析し、数字上、良好な内容であれば、ブローカーを通して、資本参加を先方に交渉するというやり方である。

無論、経営者の質も調べてであろうが、短期間では十分なそれは出来ない。

住銀の場合、ハーレスを選んだ理由について、それを担当した子会社ブラジル住銀の幹部たちは「成長率が物凄く高かったから…」と話していた。

経営者の質については、何も言わなかった。

その幹部たちは日本からの派遣員だった。

筆者は、彼らから誘われて、サンパウロの銀行家たちの集まりに、同行したことがある。が、彼らは誰とも挨拶も話もしなかった。人間関係を築いていないことが判った。

ハーレスへの失敗で、ブラジル住銀の頭取は、日本の関連会社へ飛ばされたと聴いた。

東京銀行の場合は。──

フィナンシラールへの資本参加の前後、筆者はブラジル東銀に取材に行く度に、店内に一人の非日系人を見かけた。

行員という感じではなかった。不審に思っていると、やがて一幹部が、教えてくれた。

「アレは、今度の資本参加の話を纏めたブローカーで、デッカイ仲介料を手にいれた」

ところが、フィナンシラールの経営破綻で、ブラジル東銀の頭取は辞職した。日本の本社の取締役になったばかりだった。

住銀にしろ、東銀にしろ、ブラジルの銀行への資本参加は、筆者の観るところ、日本本社の指示であったろう。現地側には、それまで、そんな気配はなかった。

ほかの企業も、同様であったろう。

「短期間で軽々と…」には、経団連の影響もあった──と筆者は観ている

進出は、その日本本社が、経団連の動きに刺激された点が大きかった。その時、経団連側が「小株主として現地企業に資本参加する」という橘案を紹介したことは十分考えられる。

経団連のブラジル関係の中心的立場に居たのは、土光敏夫であった。橘案の紹介者は、主として土光であった確率が高い。

進出を考えた企業側から観れば、土光はイシブラスを成功させて、ブラジルを熟知している筈だった。日本では名経営者の折り紙がついていた。

企業側の多くが、橘案を土光が裏書きした、と受けとめたであろう。

橘案を実行しようとする企業が次々と現れた。他社もそうだから自社も…という空気も醸成された。

実行するとすれば早い方がよい。遅れると、良い相手は他社にとられてしまうという焦りも生まれた。

そして実行、トラブル化した──。

しかし、この国の企業の内情を知る者から観れば「短期間で軽々と…」など、危険極まりない方法であった。

その様なことのできるところなど、希少であったからである。

その希少な相手に巡り合って成功したケースもあった。が、大抵は失敗した。出資分は、腹をすかした狼に、肉片を預けたような結果になった。

無論、当時、相手の企業が石油ショックで経営が悪化、窮していたこともあったろう。

筆者は、参考になる光景を見たことがある。進出してきた一化繊メーカーの派遣員を、その出資先に訪れた時のことである。

その執務室で取材していると、そこの社長とおぼしき人物が突如、断りもせず入ってきた。筆者を黙殺、何か数字を羅列した書類を派遣員につきつけた。表情は焦りと怒りが浮き彫りになっていた。

二人の様子や片言隻句からすると、概略、次の様な事情であったようだ。

最近、この会社が緊急に増資を必要とする事態になっており、派遣員の日本本社に追加出資を求めた。

派遣員は、本社に話すためには、具体的な事業や資金繰りの計画書が必要と答えた。それが出来てくると、その修正を求めた。

そんなことの繰り返しで、話が進まず、それが、その社長とおぼしき人物の焦りと怒りの表情になっていた──。

他にも、似たようなことが多数起きていた、と筆者は断片的な様々な材料から観ている。

 

合弁の難しさ

 

撤収、休眠化の他に、合弁の崩壊も少なくなかった。

これは、進出企業とコロニア企業とのケースを取り上げると、判り易い。

六〇年代末にスタートしたブラス綿と東洋綿花の搾油事業は、数年で経営権が東洋綿花に移った。

増資の必要が生じた時、ブラス綿側が応じられなかったのである。新聞に載った代表者の大塚実の表情には、ハッキリと後悔の色が浮かんでいた。(つづく)


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