ブラジル マンダカルー物語=黒木千阿子=(13)
アントーニオ家族のいる母屋と離れの回りには防犯用の鉄条網が張ってあって、いつもは開いている入口がその日に限って鍵がしてあるではありませんか。様子がただごとではない、そんな予感がして、母屋に声をかけると、中ではマリーの夫をなじるような喚き声。
いつもの夫婦喧嘩ではなさそうです。
やがて、そこにアントーニオが現れました。
ところが、彼はその時に限って、あのトレードマークのヘラヘラ笑いを見せず、いかにも真面目な顔で突っ立っているのです。
「どうして鍵なんかかけたの?」
「セニョーラが入って来ないようにするためです」
私は、耳を疑って訊き返しました。
「どういうこと?」
するとどうでしょう。こんな答えが返ってきたのです。
「この土地は俺の名義になっている。だから、俺の土地。その土地に建てた家だから俺のもの」
カーッと血が頭に上がりました。
何ということ!飼い犬に手を噛まれたなんてものじゃない。土地は私のお金で買ったもの!家も私のお金で建てたもの!まさに青天の霹靂とはこのことか!
アントーニオが以前から汚い手をあれこれ使っていることは聞き知っていましたが、そのおかげで皆が生きてこられたのだからと我慢をして彼を援助してきた私。
そんな彼への義務が重荷になってきたこの頃、私はそこで素早く計算したのです。向こうから、私を追い出しにかかってきたのは私の未来にとってむしろありがたいことかもしれない。
これでこの人間から解放される。とうとう独りになれる。私の自由と独立のために、こんなヘンテコな家なんて、のしをつけてくれてやる、と私なりの結論を出したところで怒鳴りかえしてやりました。
「それじゃあ、家の中の荷物は引き取らせてもらいましょう!」
すると私を甘く見たアントーニオが、
「セニョーラは、この土地に一歩も踏み込めないのだから、荷物も一切持ち出せません」
と、妙な理屈を持ち出して、いつものようにニタッと笑おうとしたようでしたが、その顔は悪事に手を染めた悔恨をのぞかせて、変にひきつり体は小刻みに震えていました。