ブラジル マンダカルー物語=黒木千阿子=(23)
少し疲れて足並みが乱れてくると、景気づけに私が大声をはりあげます。
「ワルイコー!裸になってもいいよう!」
待ってましたとばかりに彼等は、シャツを脱ぎ、ゴム草履も脱いで、よそ行き姿から本来の姿に戻ります。
彼等はお弁当を頭の上にのせて歩きますが、ジャポネーザが時々ならす鞭の音にキャーキャー逃げまわっても、お弁当は落ちません。別に手で押さえているわけでもないのに。
よく見ると、一張羅のシャツを縄にしてお弁当が落ちないように土俵が作ってあったのです。
こういうわけで、お弁当の行列が見える限りは、草むらに子どもたちが隠れても心配無用。
子どもたちは、ジャポネーザと一緒だということを忘れているように見えますが、本当はちゃんと気遣っていて、邪魔な木の枝などを切り払って、安全な道を作ってくれているのです。
行く手をふさぐ鉄条網が現れると、全員が立ち止まって私を待ってくれます。彼等が刺、刺の針金を足で押さえつけ、手で持ち上げてくれますので、私は四つ足のロバになって、針金の隙間をくぐりぬけるのですが、そんな時異口同音に子どもたちは、
「バラ色の長靴に気を付けて!」
と、きれいな日本の長靴を案じてくれるのです。
さあ、私たちは牧場に到着しました。
眼下に広がる、桁外れに美しい風景を見ながら、お弁当を食べました。
その後、突然ロジェーリオが私に質問しました。
「どうして、日本は地面の下にあるのか?」
この疑問に答えるには、地球が球であることから始めなければなりません。
私は、暑さで熱くなった西瓜をぶら下げて、
「ここがブラジル、ここが日本。ブラジルから見たら日本は地面の下。日本から見たら、ブラジルが地面の下。地面の下の真っ暗なところに日本という国があるのではありません。日本人は蟻んこではないのよ。」
するとノエルが、
「そうそう、みんな言ってるよ。日本には蟻んこがいないから地震が起こる。その反対にブラジルには蟻んこがわんさといるから、地震がないんだって。だってさ、その蟻んこの空けた穴のおかげで地震は息ができるんだもの。可哀想に、日本に蟻の穴がたくさんあったら、あの大地震であんなに沢山の人が死んだりしなかただろうに・・・・」
その言葉で、テレビを見て知ったあの阪神大地震を思い出したのか、子どもたちは急にしんみりしてしまいました。
私は、人間をいとおしむ子どもたちの気持ちに感動したのはもちろんですが、マンダカルーの人々の作り出した蟻と地震の説にも感心させられました。
自分の名前を書くのがやっとというこの地の人たちに、科学性を要求するのは無理にしても、なんともユニークでユーモラスな話ではありませんか。