ブラジル マンダカルー物語=黒木千阿子=(25)
ちいちゃんは、待ち切れなくなると、にい~と笑ってずらりと並んだ大きな歯を見せたり、子どもたちを鼻づらで押したりして、早く帰れという仕草をして、授業のじゃまをしていました。
やっと子どもたちがいなくなったあと、ちいちゃんと過ごすひとときは、私にとって一番幸せな時でした。
お母さんロバが畑仕事に出ている時は、子供のちいちゃんは朝からやってきて、入口の扉をドスーン、ドスーンと蹴って私を呼んでいました。
扉が壊れないよう、すっ飛んで行って開けてやりますと、ちいちゃんは当然のような顔をしてパカパカと家の中に入り、冷蔵庫の前でいななくのでした。
猫のとんとんちゃんは、あきれ果てて、そんな図体の大きいのを家の中に、入れるんじゃないとニャーニャーわめいて文句を言っていましたが、私は自分の家にロバのお客さんが来てくれる事が何とも嬉しくて、いくらでもパンを食べさせてやりました。
犬の坊やは、自分のパンがなくなってしまうと言って、ウオーン、ウオーンとないていましたが、それでもロバを自分より大きな犬だと思って、一目おいていました。
けれども、ある日そんな可愛いちいちゃんが、私達の目の前から突然姿を消してしまったのです。
教室は寂しくなりました。
勉強していても、皆は耳を澄ませて、あの元気のよい足音がパカパカと聞こえて来るのを待っていました。
授業が終わると、おやつも食べずにくたくたになるまで歩き回って捜しました。でも、もう二度とちいちゃんは戻っては来ませんでした。
愛するわが子を何者かに奪われた母のように、私はうろたえ悲しみました。
そして、そのままずっと心の中に住みついてしまったのです。
お向かいのロバのふうちゃんは、夜明けと供にカランカランと首の鈴を鳴らしながら、ジョン爺さんに連れられて、山の畑に行きます。
他の主人たちは、ロバの背に跨っていますのに、ジョン爺さんだけはそうしないで、ふうちゃんと仲良く歩いて行くのです。何故だと思いますか?
実は、ふうちゃんはとても誇り高いロバなのです。