ブラジル マンダカルー物語=黒木千阿子=(33)
ですからおじいさん達は、ドラ息子たちに向かって、「誰のお陰でお前たちは生きているのか。このかぼちゃもとうもろこしも、この西瓜もみんなロバが担いできたものだ。お前たちのお腹を満たすために。そのロバをねぎらいもせずに、ボールばかり蹴飛ばして・・・・。今夜は、お前たち晩飯は食ってはならん!」などと、不満をぶちあげるのです。
このように貧しい人々によって、ロバは一家の大切な働き手でありましたが、同時にたった一つのお金に換えられる貴重な財産でもありました。
「本当は、息子を売り飛ばしたいくらいだが、そうもいかぬ。勘弁してくれよ。暮らし向きが良くなったら、またお前を買い戻しに行くからな。それまでの辛抱だ。なあ、わかってくれ。」
と、泣く泣くロバを手放したおじいさんもいるのです。
ああ~土に生きる人々の貧しさと言ったら!それなのにどうして、ああも底抜けに明るく朗らかでいられるのでしょうか。
「テレジーニャ。とうもろこしが焼けたよう!」
「テレジーニャ。お芋がほかほか美味しいよう!」
夕方の散歩の帰り道、あっちの家、こっちの家かあら声がかかります。
何もないのに、彼等はいつも何か一つ誰かのために与えられる物を持っているのです。
子供達も同様で、学校の給食で持って帰れるものは、絶対に口をつけません。
家で待っている小さな弟妹達に食べさせてあげるためです。
私は、山の子どもルーカスが保育園に上がった初めての日の事を今も忘れる事ができません。
給食のビスケットを家に持って帰り、皆に分けてあげた後ルーカスは残りの一枚をしっかり手に握って、今か今かと私が現れるのを坂の下で待っていました。
裸足で駆け上がって来たルーカスが目を輝かせて差し出したビスケットは、手垢にまみれ、汗でぐんにゃりしていましたが、あんなにおいしいおやつを食べたことは一度もありませんでした。