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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(235)

2025年8月28日

 非日系の掃除婦が勝ち組⁉

 次に八十年史の場合の、正確度に関する事例である。

 同史は、第四章『移民空白時代と同胞社会の混乱』(140頁より)の中で、連続襲撃事件を取り上げている。  

 こちらはポ語の新聞記事のほか、それを利用して作成された事件のリスタ、そしてDOPSの供述調書を引用している。

 リスタは、八十年史の編纂委員会ではなく、別の研究者がポ語で作成したものである。

 八十年史では「サンパウロ州に於ける勝組負組関連傷害・殺人事件一覧表」という題名で二頁に渡って掲載されており“A GRANDE OFENSIVA TERRORISTA JAPONESA NO E. DE S. PAULO”より作製と付記してある。 

 訳せば「サンパウロ州に於ける日本人テロリスタの大襲撃」である。

 その中に「一九四六年七月、ノロエステ線ビラッキで勝ち組のマツユキ、ノボル、クラリッセが警官により殺傷された」という意味の項目がある。

 筆者は最初、これは警官隊と敗戦派による戦勝派殺傷事件の一つであろうと思った。

 ところが、前章の「事件、続発」の項で登場した森正秀が、その実際をよく知っていた。森は当時ビラッキで暮らしていた。彼は笑いながら、こう語った。

 「アア~、それは戦争の勝敗問題とは関係ありませんヨ。時期も数年後の一九五〇年頃だった。

 私の隣家がマツユキの家だった。マツユキは苗字、息子がノボル、ブラジル人のハシネイラがクラリッセ。

 呑み屋をやっていて、泥酔した警官に撃たれた。その警官がタダ呑みばかりするものだから、マツユキが癇癪を起こして払わせようとした。が、向こうが銃を乱射し、マツユキだけでなく、ほかの二人も巻添えを食った。

 私が野球の試合に行った日のことだ。帰ってきて事件があったことを聞いた」

 これには筆者は唖然とした。

 記事は、まるっきり間違いで、非日系のハシネイラ…つまり掃除婦まで勝ち組にしてしまっているのだ。

 さらに、このリスタには「一九四六年七月十五日、ノロエステ線カフェゾポリスで、負け組の田村(未成年)が暗殺され、襲撃者不明」という意味の項目もある。

 これなど、筆者は未だ二十歳にもならぬ若者が、けなげにも認識運動に参加、犠牲になった…と読み取った。それで感ずるところがあり、詳しいことを調べ、記録に残してやりたいと心がけていたものである。

 そのうち、この事件のことを記した別の二つの資料を見つけた。一つは、コチア産組が当時発行していた『週報』で「…カフェゾポリス在田村氏令息十一歳が絞殺され…」と記してあった。

 もう一つは『北西』という題名の謄写版刷りのパンフレットである。北西とはポ語ではノロエステであり、内容から見て、ノロエステ線地方で発行されていた小さな情報紙であろう。その記事は文章が乱れているので、要旨を記す。

 「カフェゾポリスの植民地内、田村家の息子(11)は、留守番をしており、午後一時頃までは家に居ったが、夜に入っても帰らず、大騒ぎになった。探したところ、便所の前に靴と血痕を発見、中を見ると、後ろ手にしばられ、絞殺され、見るも無惨な姿で投げ込まれていた。犯人不明」

 こういう凄惨な事件が起きたことは事実であろう。

 しかし十一歳の子供が負け組になったり、それが原因で暗殺されたり…というような事はありえない。

 また、このリスタには自殺ケースが掲載されている。自殺が、どうして「サンパウロ州に於ける日本人テロリスタの大襲撃」の類いに含まれるのだろうか。

 以上記したことのほかに、十年史も八十年史も、おかしな部分が幾つもある。

 が、これは筆者が、偶々気がついたことだけである。この調子では、気づかなかった部分も相当あるのではあるまいか━━。

 読者を錯覚させる記事の構成

 次に十年史、八十年史とも、その記事の全体的構成が、読者を錯覚させるように出来てきている。

 記事はどちらも、連続襲撃事件=臣道連盟犯行説を骨子としている。  

 その文脈の中で、十年史は一部の頁で個々の事件に触れている。八十年史は事件のリスタを掲載している。

 当然、読者はその個々の事件、リスタは(警官隊・敗戦派による戦勝派殺傷は除いて)臣道連盟の犯行と錯覚する。筆者自身が長くそうであった。

 しかし、落ち着いて良く読むと、十年史はその個々の事件について、臣道連盟との関係を明記していない。ごく一部に、簡単に記しているのみである。(つづく)


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