■NYタイムズが選出 唯一のブラジル作品 ―『Suíte Tóquio(スイート・トーキョー)』に映る現代社会の歪み
米紙ニューヨーク・タイムズが発表した「2025年の注目すべき100冊」に、ブラジル人作家ジョヴァナ・マダロッソの小説『Suíte Tóquio(スイート・トーキョー)』が選ばれた。ブラジル作品では唯一の選出だ。原作は2020年に出版されたが、英訳版が今年始めに刊行され、改めて世界の読者に届いた。
物語の核となるのは、仕事に追われるテレビ局幹部の母フェルナンダと、娘の世話をする若きベビーシッターのマジュ。ある日、マジュが娘を連れて姿を消す――この出来事から、抑圧と依存、階級と感情が複雑に絡み合う人間関係が浮き彫りになる。作者は、母と娘、雇用主と使用人の視点を往復させながら、ブラジル社会に残る奴隷制度の影と性差別の構造を静かにえぐり出す。
マジュは雇われた側でありながら、次第に家族の一員のような存在となり、自身の人生がじわりと溶け出していく。母フェルナンダは成功の代償として、娘との距離を失いかけていることに遅れて気づく。見えない感情の流れが、やがて「衝動」として表面化する――子どもを抱えて去る者、逃げ道を探す者、沈黙の中に身を潜める者。誰もが「どうしてこうなったのか」と自問する瞬間を迎える。
マダロッソは「外面と内面」「安定と不満」の狭間に揺れる人間のリアルを描く。読後には、社会の問題だけでなく、自身の生き方にも視線が向けられる。現代のブラジルを映し出すだけでなく、私たちの社会にも届く鏡――それが『スイート・トーキョー』なのかもしれない。
『Suíte Tóquio』の「東京」は、地理的な場所ではなく、心理的・象徴的な空間として描かれる。ブラジル社会では、欧米やアジアの大都市が“成功のモデル”として語られることがある。
東京もその一つであり、「私たちの暮らす場所とは異なる、洗練された世界」
というイメージが、登場人物たちの心に影のように差し込んでいる。そこには文化の憧れと疎外感、近さと遠さが同時に存在する。その象徴が、東京だ。
現状を破りたい、再生したい――
しかし、それが叶わない苦しさも同時に映し出す、“心のもう一つの部屋”として機能しているのかもしれない。








