移動の経験から問い直す日系社会=『移動の歴史と日系ルーツ』
人はなぜ移動するのか。移動の経験は、いかにして人と人、文化と文化を結び直すのか。本書『移動の歴史と日系ルーツ―トランスナショナルな経験からみる紐帯と文化』(長村裕佳子、グスターボ・メイレレス、蘭信三編著、不二出版、2025年)は、この根源的な問いを、日本移民とその子孫の歴史と現在に即して掘り下げた論集だ。12人の研究者による17編の論考は、地域や時代を横断しながら、世界各地に形成されてきた日系社会の輪郭を立体的に描き出す。
日本政府が血統主義に基づいて日系人向け定住査証を制度化したことで、1990年前後から日系集団の日本帰還の流れが起き、日本国内に独自のコミュニティを形成。それは、南米各地の祖国と緊密な連絡を維持しながら「現在も頻繁な人の移動の行き来(あるいは回帰と離散)を交わしている」とする。
移住に関して、国境を越える移動が「その後の暮らしや意識のなかにどのように根を下ろしていくのか」という過程として捉えられている点に本書の特徴がある。過去と現在、出発地と到達地は折り重なり、家族史や言語、生活慣行のなかに痕跡として残される。
本書は、そうした往復する時間と重なり合う記憶に光を当て、移動が一度きりの断絶ではなく、世代を超えて反復され、語り直される営みであることを示している。
トランスナショナルという視座も、抽象的な理論用語としてではなく、生活実感に根差した分析枠組みとして機能している。複数の場所にまたがる帰属意識、言語選択をめぐる葛藤、家族史の断絶と再接続。いずれの論考も、声高な主張に依ることなく、具体的な事例の積み重ねによって、移動の現実を静かに、しかし確実に浮かび上がらせる。
なかでも長村裕佳子の論文では、日本移民を「定住か離脱か」という単線的な枠組みで捉えることに疑義を呈し、移動が生み出す往還的な関係性に焦点を当てる。日本か移住先か、いずれかに回収されることのない「宙づりの感覚」が、個人の語りを通して描かれ、帰属とは固定された地点ではなく、語りや実践を通じて更新され続ける過程であることが示される。
移民本人のみならず、二世、三世へと受け継がれる記憶の変容、語られなかった経験が文化の一部として作用する過程を丹念に描き出し、移動がもたらす不確かさと同時に、その創造性を浮かび上がらせる。
本書は、学術的厳密さを保ちながらも、人間の経験として移動を捉え直すことに成功している。数字や制度だけでは捉えきれない感情や沈黙に耳を澄ます。記録と記憶のあいだを行き来するその姿勢は、現代社会における「移動」の意味を考える上で重要な視座を提供する。
移動が例外ではなく常態となりつつある今日、本書が投げかける問いは、日系社会にとどまらない。人はどこに属し、何によって他者と結ばれるのか。その答えは、境界の内側ではなく、移動の途中にこそ見いだされる――本書はそうした認識を、静かに、しかし確かな手応えをもって読者に突きつけている。








