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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(330)

2026年1月29日


二十章


 巨大破局①


 「…(略)…今後の十年間を考えてみると、ブラジル経済界にとって、従って当南伯グルッポにとっても、最も風雨激しく波高しという予感がする。

 厳密にいうと、既に予感の域を通り越して、その暴風雨圏内に突入したという感じである…(略)…」

 右はスール・ブラジル農協の月報一九八〇年一月号の一頁に掲載された記事の一部である。

 執筆者は中沢源一郎理事長で、ブラジル経済の末期的症状に触れ、情勢の厳しさを強調している。

 実際、その暴風雨の中で、フィゲレード政権は苦悩していた。前年三月発足以来、財政悪化に対処すべく緊縮政策をとった結果、国民の間で不況感が息苦しいほど強まり、不満の声が放置できないまでに激しくなっていたのである。

 その声はデルフィン・ネットの再登場を頻りと求めていた。かつてブラジル経済の高成長を実現、名を馳せた男だ。「彼なら、この息苦しさから解放してくれる」と期待したのである。

 それに押されて大統領は、企画相として閣僚に名を連ねていたデルフィンに新年早々、危機打開を一任した。

 この時、デルフィンが企てたのが、それまでの「緊縮」から真逆の「拡大」に転ずるという策である。そうすることによってこそ、ブラジルが苦しんでいる難題を解決でき、かつ経済大国になり得る…というのだ。

 前大統領ガイゼルの政策と似ているが、さらに大仕掛けにしようとしていた。

 博打でも負けが込んだ場合、賭ける金を増やして行く以外ない。

 成功すれば、そこに燦然と輝く経済大国ブラジルが出現するであろう。〝デルフィン大統領〟の誕生も間違いなかった。

 無論、その戦略には、莫大な資金が必要になる。

 デルフィンは、それを調達すべく訪米した。が、冷たくあしらわれた。

 米国にとって、状況は一九六〇年代とは違っていた。ヴェトナム戦争は終っており、東西の冷戦は緩和へ向かっていた。

 ブラジルの共産化の心配もなくなっていた。

 デルフィンが求める莫大な資金を、無理して出さねばならぬ理由は無かったのである。

 ブラジル経済の実態が、もう手をつけられないほど悪化していることも知っていた。

 それと、ブラジルが余り経済大国化することは、実は望ましいことではなかった。南米に於ける米国のリーダー・シップを脅かすからである。

 米国にとって関心があるのは、自国の利害だった。

 デルフィンは、ほかにも資金調達を試みたようだが、結局、実現はしていない。二度に渡る石油ショックで、ブラジル経済には赤信号が点滅しており、国際信用を失っていた。

 デルフィンの策は不発に終わった。


 専務解任!


 一九八一年末、突如、コチア産組で、世間を驚かす劇的な異変が起きた。

 経営実務の中心的存在である専務理事のケイロウが、その職を解任されたのである。

 日伯毎日新聞によれば、解任の理由は「食鶏組合員のプーリングに関する経理処理上のミス」とされていた。

 さらに記事は「組合内の同専務に対する強い反感の存在」も強調していた。

 で、まず、そのプーリングであるが。──

 前章で触れたことだが、ケイロウは当時、組合がプーリングに対して持つ債権の回収に、懸命になっていた。

 このプーリングという言葉、説明済みであるが、一般の人には馴染み難いので、くどくなるが、おさらいしておく。──

 プーリングとは「生産物別の組合員の共同会計」のことである。組合員の出荷物の販売収入、経費支出を、組合の会計から独立させて、これで管理していた。

 その会計が、収入より支出の方が多く赤字になっているケースが少なくなかった。赤字分は、組合が一時、立て替えていた。つまり、組合に対するプーリングの負債、プーリングに対する組合の債権になっていた。

 その負債の額が大きかったのが、食鶏組合員のそれである。が、ある月、そのプーリングに黒字が出た。

 ケイロウは喜んで、すぐさま組合の会計へ移した。(プーリングの所有権は組合員にあったが、事務は組合側で代行していた)

 が、食鶏組合員はそのことを、しばらく知らなかった。間もなく知って激怒、これが数カ月後、専務解任にまで発展した──というのが凡その粗筋である。

 移転金額は、ドルに換算すると、五万余りであった。

 この件に関し、一九九二年に筆者が聴いたケイロウ本人の釈明は、要旨、次の様なものである。

 「食鶏業界は当時、非常な不況下にあった。ためにコチアでは、キロ当たり最低保証価格を設定、組合員に、出荷時、その分をプーリングから前払いするという特別措置をとっていた。 

 そのためプーリングの赤字が、組合に対する負債となって増えていた。(つづく)


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