《記者コラム》実現するか南米大陸横断高速道=メルコスルは一帯一路に入る?

ルーラ3で息を吹き返した巨大プロジェクト
第3期ルーラ政権(ルーラ3)が始まってから、こっそりと動きを再開した巨大プロジェクトがある。「双洋街道(Corredor Bioceânico)」だ。分かりやすくいえば大西洋から太平洋までを貫く南米大陸横断高速道だ。
ブラジルから北西に上がってペルーに抜けるか、それとも真西に向かってチリに出るかで2種類ある。さらに道路と鉄道で各プロジェクトがある。いずれにしても南米がアジアに近づく物流革命として期待されている。
一番具体化しているのはブラジルサントス港ーチリ・アントファガスタ港を結ぶ道路計画だ。ジウマ政権時代の15年12月にブラジル、アルゼンチン、チリ、パラグアイの大統領によって事業化調査の実施覚書に署名。17年にルートが決定され一部で工事が始まっている。当初の計画では22年に完成するはずだった。パラグアイ区間こそ工事が進んでいるが、それ以外は停滞中のようだ。
この双洋街道ができればブラジル中西部、パラグアイ中北部、アルゼンチン北西部の農産物や鉱物資源が、チリの港を通してアジア市場に届けられる。今この計画が改めて地政学的に注目されるのは、中国主導の「一帯一路」構想に、南米の大部分を組み入れるような意味があるからだ。
ペルーは2009年に中国と自由貿易協定を締結し、2019年には「一帯一路」に関する了解覚書を交わしている。同様に2018年11月、チリも「一帯一路」に参加表明をしている。つまり、ペルーとチリが南米における「一帯一路」の窓口という役割を担う。そこへの物流ルートを構築するのがこのプロジェクトだ。
これに関して反米プロパガンダニュースを多く発信するロシア国営通信スプートニク・ブラジル版は4月26日付《分析=ブラジルは米国の監視を避けるためにパナマ運河を通らずに太平洋にアクセスすべき》(1)との記事を掲載した。
いわく《(ルーラ政権復活による)南米統合プロセスの再開に伴い、ブラジルと太平洋の港を結ぶインフラプロジェクトが再び議題となった。中国との貿易を促進するだけでなく、南米諸国間の貿易を再開することが目的である。
ブラジルのサントス港とチリのアントファガスタ港、メヒヨネス港、トコピヤ港、イキケ港を結ぶ道路「双洋街道」は、その代表的なプロジェクトだ。この高速道路は約500億レアルをかけ、これらの国のパナマ運河への物流依存度を下げることができる》と機運を盛り上げるべく論じる。

ブラジルとチリは双洋街道の工事加速化を確認
時間と経費の画期的な節減をもたらし得る物流革命であり、経済効果の波及は見逃せない。
英国公共放送BBCも4月23日付も《ブラジルとチリを結ぶメガハイウェイがパラグアイの「緑の地獄」を横断》(2)と報じていた。南米でも海を持たない国は農産物を大西洋と太平洋にある港へ運ぶのに苦労していた。
その一つ、パラグアイのマリオ・アブド大統領はBBCの取材に応じて《パラグアイは世界第4位の大豆輸出国だ。大豆が太平洋に到達するには、パナマ運河を通過する必要がある。新道路ができれば、運送コストが生産部門全体で約25%の節約になる》と答えている。
そこで《実際、今年1月、ルーラ大統領とチリのガブリエル・ボリッチの大統領は、それぞれの領土にある(双洋街道)の区間の建設を加速することを確認した》と報じているので、ルーラは間違いなく進めている。
チリ大統領は1月5日付フォーリャ紙(3)に掲載されたインタビューでも《(南米の政治家は)大げさなスピーチをやめてインフラストラクチャーとエネルギーにおける政治的および経済的統合のための具体的な行動に取り組み始める時がきた。たとえば双洋街道をどのように実施するか》と述べている。
国内のメディアよりも地政学的な背景を感じさせる国際メディアが先頭に立っている雰囲気だ。
ブラジル奥地と南北に連携した南米南部を活性化
ただし、昨年まではこのプロジェクトは停滞していた。コレドール・ビオセアノ公式サイト(7)の記事も2021年12月14日以来、更新されていない。
最後の記事はパラグアイのカルメロ・ペラルタとブラジルのポルト・ムルティーニョを結ぶ国際橋の竣工式だ。この橋は双洋街道の一部だ。当日は悪天候のためにボルソナロ大統領は土壇場でキャンセルしたが、パラグアイのアブド・ベニテス大統領とブラジルのマット・グロッソ・ド・スール州知事が出席した。
アルゼンチン、ブラジル、チリ、パラグアイを横断するこの高速道路の総工費は約100億ドル。マット・グロッソ・ド・スール州カンポ・グランデとチリのアントファガスタ港の間の2400キロが開通すれば、ブラジル中西部から中国や日本への輸出の移動時間が最大2週間も短縮され、輸送料も大幅に安くなる。
ジョアン・カルロス・パーキンソン・デ・カストロ外務審議官が2020年2月19日に発表したプレゼン資料(6)によれば、上海から貨物船がパナマ運河経由でサントスに来ると平均54日間かかる。これが上海からアントファガスタ港までなら42日間に短縮され、そこから双洋街道を通ってサントスまで2日間程度と見積もられている。運賃も15%前後安くなると推測されている。
双洋街道が完成すれば、海と接していないボリビア、パラグアイに加え、ウルグアイなどと国境を接するブラジル国内の経済、そこから南北に連結したラプラタ川水運によりウルグアイやアルゼンチンが一気に活性化する可能性がある。

激増する南米と中国との貿易が後押し
フォーリャ紙2020年10月6日付(4)で応用経済研究所(IPEA)のペドロ・シルバ・バロスは次のように双洋街道の必要性を論じた。
《最近の巨大なアジア経済のダイナミズムは、印象的な吸引力を発揮している。20年前、ブラジルの輸出の2%未満が中国に向かっていたに過ぎなかったが、2019年には28%に達した。
2020年の最初の8カ月、中国だけでブラジルの全輸出の34%を占めている。今年、歴史上初めて、マット・グロッソ・ド・スール州の輸出の半分以上が中国に、3分の2以上がアジア太平洋地域全体に送られた。この動きは、過去40年間に農産物の輸出国であるブラジル中西部が台頭した要因の一つだ。南部と南東部の工業地域の相対的な衰退と一致する時期だ。
これらの特徴は、最後の期間に強化された。ブラジルの総輸出額が2019年と比較して2020年の最初の8カ月間に7%減少した際、マット・グロッソ・ド・スール州の輸出額は同期間に13%増加した》
この20年間、中国から輸入される安価な工業製品によって南部や南西部の工業は衰退し、逆に中国に輸出する第1次産業、農産物などが激増してきた傾向は否めない。
《過去40年間、ラテンアメリカのインフラへの投資は世界平均よりもはるかに低く、地域のニーズをはるかに下回っている》(4)状況があり、その分、インフラが整備された時に発展する大きな伸びしろを残している。そのような流れの中で、何度も大陸横断道プロジェクトは生まれては消えた。
とはいえ、なぜ実行できなかったかと言えば、政権の不安定さ、インフラ整備投資の少なさに加え、一部にアンデス山脈やアマゾン森林地帯に道を通す区間がある計画であるため、その度に欧米の環境団体が反対運動を盛り上げて潰してきた経緯がある。それが今回も繰り返される可能性は十分にある。

ジウマと習近平が作った双洋横断鉄道計画
大西洋岸と太平洋岸を結ぶ太平洋横断鉄道の構想は昔からあったが、2008年9月17日の法律11/772によりルーラ大統領の第2次政権中に初めて「国家道路計画」に含まれた。だが壮大な計画であるために、幾つかに分割され国内の南北鉄道など一部だけが工事された。
これが「双洋中央鉄道 – Corredor Ferroviario Bioceanico Central(CFBC)」として具体化したのは、2014年7月にブラジルを訪問した習近平中国国家主席がブラジリアで、ジウマ大統領とペルーのオリャンタ・ウマラ大統領と会談した機会に大筋が決まった際だ。事業化調査の実施覚書を交換した。
つまり、この構想はルーラ大統領、ジウマBRICS銀行総裁、習近平中国国家主席が長年温めてきたモノであり、その3人が今、世界の表舞台に出揃った形になっている。
2015年6月、中国政府はアジアインフラ投資銀行(AIIB)による工事への融資を承認したが、南北鉄道と太平洋沿岸の間の区間のみに融資することに合意した。すでに南米で勢力拡大を画策していた中国が、ブラジルとペルー共同でそれにボリビアも巻き込みながら策定した遠大な構想だった。
2016年7月11日付フォーリャ紙《ブラジルと太平洋を結ぶ双洋鉄道は実行可能であると調査で判明》(8)によれば《建設期間は9年間で、全長5千キロ。ゴイアスを起点に標高2050メートルのアンデス山脈を横断し、ペルー北部のバヨバルに至る予定》とある。これが完成すればリオのポルト・ド・アス港からペルーのバヨバル港まで鉄道一本でつながり、太平洋方向に年間約1500万トン、反対方向にさらに800万トンを輸送できる可能性があると発表されていた。
だが2016年8月に肝心のジウマ大統領が罷免され、完全に止まった。それがルーラ3になって動き始めている。
PT政権の大統領として習近平国家主席と最も頻繁に接したのはジウマだ。その彼女が今回BRICS銀行という、上海に本部を置く途上国インフラ投資を司る機関の頭取に就任した意味は大きい。そこから資金が流れれば、今度こそ実現するかもしれないからだ。
国家交通連盟(CNT)の調査によると、ブラジル全土で取り扱われる貨物の約60%、都市部の90%が道路で輸送されている。鉄道が広まれば、現在のように物流をトラックに依存する必要がなくなる。トラック運転手にはボルソナロ支持者が多いこともあり、PTとしてはその力を削ぎたい事情もある。
メルコスル中国FTAの検討も始まる
今年1月25日、ルーラ大統領はウルグアイのラカジェ・ポウ大統領と会談し、2国間の貿易やメルコスルの改革などについて協議した。その中で、ポウ大統領は、ウルグアイが世界に開かれることの必要性を述べ、それがメルコスル全体に波及することの重要性を強調した。
その中でポウ大統領は、ウルグアイは中国とFTA交渉を進めており、その交渉内容を他のメルコスル加盟国に通知することを妨げるものではないと述べた。同大統領は作業部会を設置して、メルコスル加盟国のアルゼンチンやパラグアイの専門家も招待しながら、「中国との関係で本当に必要なものが何か」を協議すると表明している。
さらに1月25日付のアルゼンチン現地紙「TN」は、設置が予定されている作業部会では、メルコスル中国自由貿易協定(FTA)について協議すると報道されている。双洋街道が実現すれば、中国とメルコスルとの交易が物理的に容易になり、さらにFTAが締結されることで交易システムが円滑になる。この1月以来、ルーラ大統領を軸に、そのような方向に南米が動き始めている雰囲気を強く感じる。
スプートニク・ブラジル4月17日付《中国が世界成長の主な源泉となり、BRICSの役割が増大するとIMFが予測》(10)記事に寄れば、《IMFは、世界の成長の75%が20カ国に集中し、最初の4カ国(中国、インド、米国、インドネシア)に50%以上が集中すると予想している。この予測によると、2028年の世界経済成長の約34%をBRICSが占める一方、G7のシェアは約28%に低下するという》と報じた。南米が一帯一路に実質的に組み込まれることは、その動きを加速させるに違いない。
ブラジルが議長国となって開催するG20は、来年11月にリオで開催することに決まった(9)。それまでにBRICSが牽引する形でG20グループがウクライナ紛争の仲裁をするなどすれば、G7を凌駕する存在感を発揮する。後世から見れば「大きな節目」と言われる数年間を今過ごしているのかもしれない。(深)
(2)https://www.bbc.com/portuguese/articles/c6pz24dr843o
(5)https://massa.ind.br/corredor-bioceanico/
(7)https://corredorbioceanico.org/pb/
(9)https://www.cnnbrasil.com.br/internacional/rio-de-janeiro-sediara-cupula-do-g20-em-2024/