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《記者コラム》激化するリチウム三角地帯争奪戦=米中EU巻き込み地政学的緊張

2023年6月20日

チリやアルゼンチンに分布するリチウム(2021年の資源エネルギー庁資源・燃料部「2050年カーボンニュートラル社会実現に向けた鉱物資源政策」22ページ)
チリやアルゼンチンに分布するリチウム(2021年の資源エネルギー庁資源・燃料部「2050年カーボンニュートラル社会実現に向けた鉱物資源政策」22ページ)

南米にすり寄る欧州

 近年EUが南米にすり寄ってきている。その主因を想像してみるに、一番あり得そうなのはリチウムだ。携帯電話や電気自動車のバッテリーなどに使われる希少金属であり、「21世紀の石油」とまで称される。ラ米にはその世界埋蔵量の約7割が集中しており、争奪戦の激化が進んでいる。
 今年だけ見ても、まずドイツのオラフ・ショルツ首相が1月末に南米諸国訪問を行い、チリ大統領、アルゼンチン大統領、最後にルーラ大統領と会談を行った。その際、ブラジルではウクライナ戦争で使う戦車の砲弾供給を断ったことが大きなニュースになったが、ドイツの本題は別の所にあった。
 それに関して1月29日付ロイター通信ではこう報道された。《[サンティアゴ 29日 ロイター] - ドイツのショルツ首相は29日、チリと鉱物資源に関する協力強化について新たな合意を結んだと発表した。ショルツ氏は南米を歴訪中で、環境に配慮するグリーン経済移行の鍵となる鉱物資源の調達先拡大を目指している。

日産・リーフ(初代 ZEO型)カットモデル(Tennen-Gas, via Wikimedia Commons)
日産・リーフ(初代 ZEO型)カットモデル(Tennen-Gas, via Wikimedia Commons)

 自動車産業が盛んなドイツでは、電気自動車(EV)用バッテリーに使われるリチウムの確保が特に重要視されている。アルゼンチンとチリはボリビアとともに、世界のリチウム埋蔵量が集中する南米の「リチウム・トライアングル」を構成している》。
 「カーボンニュートラル社会」とか「デジタル化・グリーンシフト」などと喧伝されているSDGs的な方向性に向かう際、不可欠なリチウムイオン電池の主原料の確保にきている。EUは現在、中国に貴金属資源の供給源を依存しているので、その多様化を求めている。今まではアマゾン熱帯雨林保護への圧力を重視して先送りしてきたEUメルコスール自由貿易協定(FTA)を急ぐ流れに変わってきた。
 特にドイツやフランスは電気自動車生産の関係から、電池に使うチリウムの確保が死活問題であり、しかも南米は市場としても有望だ。EUはリチウムなどの資源を南米から買い、製品を輸出する期待をしている。
 6月9日付AFP通信は《フランスはチリのリチウム探査に参加したい》(1)と報じた。フランスのオリビエ・ベヒト外商大臣がサンティアゴを訪れ、電気自動車用バッテリーの製造における重要な鉱物であるリチウムを開発することに関心を表明し、その抽出プロセスでの水の消費量を削減できる技術を提供したと報じた。
 フランス北部には大規模な電池製造工場が建設中だが、「原材料がなければ、大規模な工場を建設しても意味がない。その主要成分の一つはリチウムだ」とし、チリは世界最大級の埋蔵量を持っていると強調した。

EU「グローバル・ゲートウェイ」戦略

 本紙14日付《EU委員長「年内FTA発効へ」=高まる域間貿易振興への期待》(2)にあるように、先週、ルーラ大統領は12日にブラジリアで、EUのウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長と会談を行った。
 ライエン委員長は20億ユーロをグリーン水素生産に投じる意向を発表。同委員長は「EUメルコスール自由貿易協定は年内にも成立する」との少々前のめりな見通しも明らかにした。
 14日付ANSA(イタリア通信社)は《リチウムと再生可能エネルギー:EU、ラテンアメリカに100億ユーロを投資》(3)は、次のように報じた。
 《パトリツィア・アントニーニ著『ヨーロッパは戻ってきた』。地政学的な緊張に突き動かされ、エネルギーとデジタルへの移行に必要な戦略的原材料における新たなパートナーシップを模索している欧州連合は、新たな場を開拓し中国の影響力に対抗するため、委員長とともにラテンアメリカに戻る。
 ライエンは、ブラジリア、ブエノスアイレス、今日(14日)サンティアゴ、明日(15日)メキシコシティという4日間で四つの首都を巡る大変な旅をしているが、すでに少なくとも100億ユーロの投資を発表している。北京のシルクロードに代わるブリュッセルのグローバル・ゲートウェイ・プログラムからの参加であり、「これはほんの始まりに過ぎない」と約束した》と報じられている。
 「グローバル・ゲートウェイ戦略」はEU版一帯一路と見られており、この動きは南米、中でもリチウム埋蔵量の多いチリやアルゼンチンで顕著だ。ANSA13日付《EUとアルゼンチンが戦略的原材料に関する覚書に署名》(4)によれば、ライエン委員長はフェルナンデス大統領と13日に会談し、原材料に関するパートナーシップに関する覚書に署名した。欧州の投資プログラム「グローバル・ゲートウェイ」戦略に沿ったもので、グリーンエネルギーとデジタル移行に必要な原材料の安全かつ持続可能な供給と開発を目的としている。
 同委員長はその中で「アルゼンチンにおける埋蔵量が顕著なリチウムの重要性を強調し、2030年におけるその需要は現在の12倍になる」との見通しを語ったと報じられている。
 また22年9月27日付スプートニク・ブラジルには《アルゼンチンは2025年に20万トンのリチウムを輸出したいと考えている》(5)には、アルゼンチンのエネルギー当局である国営YPFリティオ代表、ロベルト・サルバレッツァ氏が通信社テラムとのインタビューで、次のように語った。
 同国には約20のリチウム採掘プロジェクトがあり、そのほとんどが外国企業によって開発されている。だが同年10月にはカタマルカ州で国営企業として初めてリチウム探査を開始して、2025年には約20トンのリチウムを輸出したいと報じられている。

OPECのような「リチウム輸出国機構」提唱

 昨年9月9日付スプートニク・ブラジル《専門家らはブラジルがアルゼンチン、ボリビア、チリ、メキシコとリチウム同盟に加盟したことを擁護する》(6)は、「経済協力開発機構(OECD)と連携する国際エネルギー機関(IEA)の調査によると、特に自動車用バッテリーにより、リチウムの需要は2040年までに40倍に増加すると予想されている》と報じていた。
 従来のリチウム三角地帯はチリ、アルゼンチン、ボリビアだが、なぜこの記事にはブラジルやメキシコが入っているのか。曰く、《ブラジル地質調査所(SGB)の鉱物資源調査会社(CPRM)による最近の研究は、ブラジルのリチウム埋蔵量の更新を促進した。「ブラジルにおけるリチウムの可能性の評価」調査によると、ブラジルの鉱石埋蔵量は世界の0・5%から8%に急増した。いわゆる「リチウム・トライアングル」を構成するボリビア、アルゼンチン、チリは世界の埋蔵量の半分以上を保有している。最近豊富な埋蔵量を発見したもう一つのラテンアメリカの国はメキシコだ》とある。
 つまり、ブラジルに埋蔵されていることが分かり、「もっと調査をすればさらに見つかる可能性がある」との専門家コメントも書かれている。ブラジルではすでにリチウム事業を展開する会社が3社ある。AMG Mineração、シグマ、CBL(Companhia Brasileira de Litio)だ。同記事は《ブラジル鉱山エネルギー省はリチウムとその派生品の生産には、2030年までに約150億レアルの投資が行われる可能性があると推定している》と報じている。
 昨年4月に開催されたラ米リチウム展望フォーラムの会議中、ボリビアは工業化と国民の利益を目的として、リチウム採掘国との同盟関係の構築を模索していると発表し、石油産出国におけるOPECのような「リチウム輸出国機構」を作るべきと提唱したことが注目を浴びている。

リチウム産出国の仲間入りしたブラジル

 15日付エスタード紙《ブラジルは電気自動車用のリチウムと電池の生産を奨励する》(7)は《鉱山・エネルギー大臣は、政府がブラジル車の電化に不可欠なリチウムの採掘を奨励し、「主に(ミナス州の)ジェキチニョーニャ渓谷地域を中心に、我が国を電池生産拠点に変えることができる」と報じた。
 シグマ・リチウム取締役会のCEO兼共同会長であるアナ・カブラル・ガードナー氏は、同社が今年同渓谷で生産したリチウムは70万台の電気自動車に十分な量であると語った。2024年の生産予測は160万台、2025年には300万台に使用できるという。
 同氏は「ここの規模があれば、ブラジルはどの生産国とも同様のバッテリー原材料の供給者となり得る」と述べた。同氏の意見では、補助金は必要ではなく、民間資本のプロジェクトを加速し促進する公共政策が必要だという》と報じた。
 このような世界的な需要増を見込んだ南米諸国の生産増強と自衛の動きを受けて、EUなどが攻勢に出ているのが現在のようだ。

ブラジルに急接近する中国の企業

伯中のつながりの進展を強調する新華社通信の記事
伯中のつながりの進展を強調する新華社通信の記事

 5月19日付モニトル・メルカンチルは、中国国営通信の新華社の記事《「中国のスピード」がリチウム電池分野における中伯協力を促進》(8)を掲載した。
 いわく、中国は巨大な市場だけでなく、アイデアを実践に移すスピードに優れており、ニオブ製品を使用したリチウム電池の分野で中伯協力が進んでいると報じた。ニオブ製品とニオブ技術の世界的リーダーであるCBMM(Companhia Brasileira de Metalurgia e Mineração)の電池製品責任者、ロジェリオ・リバス氏はミナス州アラシャの本社で取材をうけ、「中国には技術開発において世界で最も先進的な研究所があり、電池の分野ではほぼ無限の数の高度な資格を持つ人材がいる。そのため、アイデアを非常に迅速に物理的な製品に変換し、最終的にこの製品を検証することができる」と称賛した。
 さらにリバス氏は「リチウム電池用のニオブ技術に関して、中国の正極および負極の生産者、電池メーカー、大学、研究開発センターと提携して、中国でいくつかのプロジェクトを進めている」と述べた。
 同記事は《CBMMの現在の収益の約90%は鉄鋼業界向けのニオブ製品から来ているが、同社は高機能応用電池などの非鉄鋼分野により注意を払うことを決定した。
 中国は世界最大の鉄鋼生産・消費国であるため、ニオブ技術は中国の鉄鋼産業に非常によく適合しているとアマラル氏は指摘し、中国における電気自動車の新たな傾向もニオブ製品を使用したリチウムの開発にとって重要であると付け加えた。「これらすべての応用は相互に補完し合い、両国にとってより良い結果をもたらすでしょう」と彼は言った》と締めくくられている。

トライアングル全体に唾を付ける中国

チリの情報サイト、6月16日付ブナメリカス《南米リチウム・トライアングルにおける中国の存在が地政学的緊張を生む》記事の一部
チリの情報サイト、6月16日付ブナメリカス《南米リチウム・トライアングルにおける中国の存在が地政学的緊張を生む》記事の一部

 チリ情報サイト、16日付ブナメリカス《南米リチウム・トライアングルにおける中国の存在が地政学的緊張を生む》(9)では、《世界中の国々が経済の電化を加速し、必要な金属や鉱物の十分な供給を求めている中、いわゆる南米リチウム・トライアングルに位置するプロジェクトへの中国投資の参入は、地政学的な緊張を生み出している》と報じている。
 《中国の鉱山会社チベット・サミット、甘峰リチウム、青山、紫金鉱業はアルゼンチンのリチウム産業に数百万ドルをつぎ込んでいるが、チリでは天斉リチウムが地元企業SQMの過半数株式を取得する取引について独占禁止法の承認を得るのに苦労している。一方、BYDは、最初の正極材料工場の建設を準備している。ボリビアでは、CBC、中信国安、TBEAグループが結成した中国コンソーシアムが、リチウム塩水での生産を加速するための直接抽出技術の導入を進めている。
 「アルゼンチンのリチウム産業における中国企業の強い存在感は、特に米国との関係において地政学的な影響を及ぼしており、リスクレベルに達している」とコンサルタント会社コントロール・リスクスのアソシエイトアナリスト、マリナ・ペラ氏はコメントした》と報じられている。
 人知れず南米は今、貴金属資源争奪戦の最前線と化している。さて、日本勢は?(深)

(1)https://gauchazh.clicrbs.com.br/mundo/noticia/2023/06/franca-quer-se-associar-ao-chile-na-exploracao-de-litio-clip9wfjx003t01kll7uwy3lv.html

(2)https://www.brasilnippou.com/2023/230614-12brasil.html

(3)https://ansabrasil.com.br/brasil/noticias/uniao_europeia/2023/06/14/litio-e-renovaveis-ue-investe-10-bilhoes-de-euros-na-america-latina_1314865f-2579-4bbb-8b34-cf8cb7476633.html

(4)https://ansabrasil.com.br/brasil/noticias/uniao_europeia/2023/06/13/ue-e-argentina-assinam-memorando-sobre-materias-primas-estrategicas_538583c0-cf83-4bcc-a45c-a6ea771a6783.html

(5)https://sputniknewsbrasil.com.br/20220927/argentina-espera-exportar-200-mil-toneladas-de-litio-em-2025-25048539.html

(6)https://sputniknewsbrasil.com.br/20220909/especialistas-defendem-entrada-do-brasil-em-alianca-do-litio-com-argentina-bolivia-chile-e-mexico-24669863.html

(7)https://www.estadao.com.br/economia/negocios/incentivo-producao-baterias-litio-anfavea/

(8)https://monitormercantil.com.br/velocidade-chinesa-promove-cooperacao-china-brasil-no-setor-de-baterias-de-litio/

(9)https://www.bnamericas.com/pt/feature/presenca-chinesa-no-triangulo-do-litio-sul-americano-gera-tensoes-geopoliticas


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