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《記者コラム》かつてない緊迫した対立関係に=大統領+最高裁VS連邦議会

2023年10月17日

「大統領+最高裁」VS「連邦議会」という構図

ルーラ大統領とリラ下院議長(Foto Valter Campanato/EBC)
ルーラ大統領とリラ下院議長(Foto Valter Campanato/EBC)

 PT(労働者党)政権になってから、最高裁をトップとする司法界が一気にルーラ側に回った感があり、超単純化した図式を示せば「大統領+最高裁」(革新)VS「連邦議会」(保守)のような図式になっている。大統領は連邦議会に歩み寄るが、最高裁と連邦議会の対立はどんどん激しさを増している。
 本紙10月6日付《最高裁任期問題=上院委員会承認で緊迫=リラ下院議長は別案推し=両院ともSTFに圧力》(1)にあるように、上院では「現在75歳までの最高裁判事の任期を短縮する」「最高裁判事による単独判決を禁止する」などの憲法改正法案(PEC)を審議中だ。下院は「そんな遠回しな方法では最高裁を抑えられない」とばかりに、もっと直接的に「連邦議会の適格過半数(単純過半数を超える任意の定足数)承認で最高裁決定を留保できる憲法改正案を検討する」状態になった。実現するかどうかは別にして、両院とも最高裁に圧力をかけている。
 このような流れになった原因は、PT政権になってからの最高裁の一連の判断が、両院の中枢を占めるセントロン勢力の逆鱗に触れたからだ。セントロンの主勢力と言えば農牧族、福音派、銃規制反対派の3議員グループだ。この3グループは「最高裁はやり過ぎ」と考えてその力を削ごうとしている。最近の最高裁の動きで、特にセントロンと対立しているのは次の3点だ。
《1》両院の農牧族議員が推し進めて可決された「先住民保護区の制定は現行憲法公布日の1988年10月5日に所有していた土地または当時法的係争中の土地に対してのみ認めると規定するマルコ・テンポラル(タイムライン)」が違憲だと判断を下したこと(2)。農地開発を進めたい農牧族からすれば、先住民の土地所有権を制限したいが、それを最高裁が違憲として突き返した形だ。
《2》福音派議員が大反対する「個人消費のための大麻所持合法化」が最高裁審議で優勢である状況(3)。道徳倫理に厳しい福音派からすれば、大麻は天敵だ。
《3》福音派が大反対する「妊娠12週までの女性が行う中絶を非犯罪化する審議」を最高裁が9月22日に開始したこと(4)。福音派は中絶自体に反対しているため、最高裁がこの審議を開始したことで正面対決となった。
 パシェコ上院議長は15日付ポデル360電子版《連邦議会からの最高裁への報復はないとパシェコ氏は述べた》(5)で、《ブラジルという国家が向かうべき大いなる方向性の決定は、立法府の極めて純粋な役割であり、これこそが私たちの存在意義だ。立法府の特権とは、すなわち他の行政府の権限と限界を無視することなく、連邦議会内で国家の大問題を定義することである》《薬物問題や薬物所持の非犯罪化に関しては立法府の問題である》と訴え、最高裁は連邦議会が扱う範疇の問題に口出ししていると苦言を呈している。
 この対立が続く限り、政府与党提案の法案承認は先送りされる公算が高い。その結果、大統領が暫定令として施行した政策すらも撤回とか同じ内容の別暫定令を出し直す必要が出てくる。
 この状態を13日付ベージャ誌でムリーリョ・デ・アラゴン氏は《半大統領制(Semipresidencialismo)が進行中》(6)と表現した。元々は大統領の所属する連立与党が連邦議会の最大勢力を形成していたが、「セントロン(超党派中道政治家グループ)」を主導したエドワルド・クーニャ下院議長時代以降、与野党関係なくセントロンが議会の最大勢力を形成して、独自の意思を持つようになった。大統領制だがその役割が半減したという意味で、「半大統領制」とも言われる。

セントロンが代表する「国民の民意」とは

 そもそも、ブラジルの3権(司法=最高裁、立法=連邦議会、行政=大統領府)の中で、常に思想的に左に位置するのが最高裁で、一番右に位置しやすいのが連邦議会だと言われる。連邦議会の方はその時の国民の意識が選挙によって反映されるので、右や左に寄ったりするが、平均すれば比較的保守的な傾向があると言われる。
 司法は、国民の中で最上級のインテリ・エリート層公務員とみられている。給与も高く、労働条件も破格でよほど明確に犯罪に荷担した証拠が出ない限り辞めさせることはない。もちろんその分、厳しい職能試験に合格しなければならず、狭き門だ。
 このインテリ・エリート層という社会階層は、どちらかというと左派に傾きやすいようだ。現場ではなく、机の上や頭の中で物事や理屈を純粋に考える傾向が強く、理想的なあり方を求める方向に行きがちだからと言われる。その司法界ピラミッドの最上階に位置するのが最高裁判事だ。
 それに近い位置にあるのが大学教授などのインテリ層で、左派支持者が大変多い。だから右派のボルソナロ政権時代には大学予算の締め付けが厳しくなり、今のように左派政権になると予算が潤沢になる傾向がある。
 ところが政治家が国民と密に接する日々の現場は、理想とはほど遠い現実があり、善悪を明快に割り切れる問題は実に少ない。解決が難しい社会問題が多いことから、結果的に、現状維持的かつ保守的な判断が溢れる状況がある。
 そんな政治家の中で一番上に位置するのが連邦議会であり、そこが「比較的保守的」といわれる理由は、その最大勢力が文字通り「大きな中央」を意味する政治家グループ、セントロンだからだ。善悪よりも政治的利益のやり取りが重要視される現実主義集団、汚職まみれのイメージをもたれがちだが、良くも悪くも「民意」を反映している存在だ。
 このセントロンという民意が、政治的に「ブラジル社会の中心」という重りの役割を果たしている。だから政権が左になっても右になっても、行き過ぎないようにバランスをとる部分がある。

反ボルソナロ宣言した判事が最高裁長官に

9月29日、最高裁長官就任の記者会見でロベルト・バローゾ氏(Foto: Carlos Moura/SCO/STF)
9月29日、最高裁長官就任の記者会見でロベルト・バローゾ氏(Foto: Carlos Moura/SCO/STF)

 かつてない緊張の高まりの最中、9月29日にルイス・ロベルド・バローゾ判事が最高裁長官に就任した(7)。彼は、最高裁判事の中でも最も左派的思考が強い人物とみられており、本紙7月18日付記者コラム《「ボルソナリズムを打破した」で波紋=「最高裁は公正」という幻想》(8)にある通り、7月12日に若手左派中心グループの全国学生同盟(UNE)の大会に最高裁判事として初出席し、「我々はボルソナリズムを打破した」と宣言して波紋を呼んだ。
 モーロ上議がラヴァ・ジャット作戦の担当裁判官だった時代、反PT的な偏りがあったと問題にされ、その判決が無効にされた。だがバローゾ判事は反ボルソナロ宣言という明らかに政治的な偏りを示しつつ、そのまま最高裁長官に就任した。
 興味深いことに、13日付エスタード紙《サルコジ氏が「バローゾ氏には大統領になる用意がある」と語った》(9)と報じた。13日にパリで開かれたビジネスフォーラムで、バローゾ最高裁長官の演説を聴いたサルコジ元仏大統領は「彼の演説は法律的というより政治的だった。次の大統領になる準備ができている」と賞賛したと報じた。
 左派ですらないサルコジ元仏大統領が、バローゾ氏の演説を聴いて「次の大統領になる準備ができている」というほど政治的な発言をする最高裁判事という存在は、かなり際立っている。
 これらの最高裁の流れに対して、両院のセントロン勢力が反発していることが、現在の「大統領+最高裁」(革新)VS「連邦議会」(保守)の背景にある。

「セントロンがなければブラジルはアルゼンチンになっていた」

8月7日付オ・グローボ紙《「セントロンがなければブラジルはアルゼンチンになっていた」とリラはいう》記事の一部
8月7日付オ・グローボ紙《「セントロンがなければブラジルはアルゼンチンになっていた」とリラはいう》記事の一部

 昨年10月の大統領選挙で、ルーラ氏は直接投票により、ボルソナロ氏に辛勝した。だが、同じ時に選ばれた連邦議員は、右派の方がはるかに多かった。昨年10月7日付けポデル360サイト(10)によれば、ボルソナロ支持の右派中道下議は513人中の273人。PT寄りの左派下議は138人とされおり、左派議員数は1998年以降で最も少ない。
 大統領がいくら新しい政策を法令として発表しても、連邦議会で承認されないと無効になる。つまり、大統領は政権への右派政党取込みをしないと政策が実行できない。そこでセントロンを取り込まねばならず、大臣職をセントロンに次々に渡し続けている状態だ。
 本紙9月15日付《新大臣就任式ひっそり開催=セントロンは軽視と不快感》(12)では、《中道勢力セントロン取り込みのために実施した閣僚再編で、新任のスポーツ相のアンドレ・フフカ氏(進歩党・PP)と港湾空港相シルビオ・コスタ・フィーリョ氏(共和者・RP)の就任式が13日、大統領府の執務室において非公開でひっそりと行われた》と報じた。
 だがセントロン政治家はカメレオン集団なので、思想が異なる。そこで政権としての統一性がどんどん失われる流れなっている。
 だがこれを良く言えば、次のような言い方もできる。8月7日付オ・グローボ紙《「セントロンがなければブラジルはアルゼンチンになっていた」とリラはいう》(11)の中で、リラ下院議長は《我々議員グループ(セントロン)は違った思想の政権も支持する。もしこのグループがなければブラジルはアルゼンチンになっていた》と語ったとの報道だ。
 22日に大統領選挙を控えたアルゼンチンでは、極右候補ミレイ氏に対する国民からの期待は高い。彼が大統領に選ばれたとしても、アルゼンチンにセントロンのような政治家集団があれば、極端に行かないための重しとして働く。それがないために、政権が変わると一気に政策全体が激変してしまうことになる。
 セントロンの影響力が強まれば、左派政権のアイデンティティが弱まる一方で、政治的な安定性は高まるという言い方もできる。その意味でセントロンの役割は限りなく大きい。

アパートに隠されていた5100万レアル(約15億3千万円)という前代未聞の現金の山(Policia Federal)
アパートに隠されていた5100万レアル(約15億3千万円)という前代未聞の現金の山(Policia Federal)

 だが、セントロンの存在感が強まると、国民の中では汚職への不安も強まる。ジェデル・ヴィエイラ・リマ氏を覚えているだろうか。2017年9月7日付ニッケイ新聞《ジェデル=隠し賄賂は総額5100万レ=フナロのデラソンも了承に》(13)の主役だ。彼はバイーア州の民主運動党(PMDB)重鎮で、ルーラ第2政権では国家統合大臣をしていた。
 当時、彼が借りていたアパートから5100万レアル(約15億3千万円)という前代未聞の現金が押収され、今もってその出処がはっきりしていない。一説には彼が連邦貯蓄銀行(カイシャ)の副総裁をしていた時代に抜いたのではというジャーナリストもいる。19年に最高裁で有罪判決を受けたが、昨年2月、エジソン・ファキン最高裁判事が仮釈放を認め、今も巨額の富とMDB内での隠然たる影響を保持していると報じられている(14)
 そのカイシャ総裁の座を、リラ下院議長(セントロン)は再び要求しており、年末までに渡すとルーラ氏は発言している(15)
 「コインの裏表」ではないが、物事には常に良い面と悪い面がある。難しい問題だ。
 ちなみに最高裁関係のニュースとしては、ルーラ氏の最高裁判事欠員への指名が遅れていることに関し、興味深い解説があった。左派内部から「女性や黒人の判事指名を」との強い要望があるのに、ルーラ氏は「人種や性別に拘らない選考をする」と否定して波紋を呼んでいる件だ。
 それに関して9月25日付CBNブラジルでジャーナリストのマル・ガスパール氏は《労働者党はモラエスが力を持ちすぎたと考えている》(16)との実に興味深い分析を述べた。
 彼女の見方を分かりやすく言い換えると、フェルナンド・モラエス最高裁判事の〝正義の刃〟がボルソナロ元大統領に向いている限りはPTにとっては良いが、万が一にもルーラ氏に向かってきた場合は大変な脅威に変わる。そんな時に備えて、モラエス判事に対抗できる強い主張ができ、ルーラ氏にとことん忠実な人物を指名しておく必要があると考えているのではとの見方だ。
 思えば、モラエス判事は、ルーラ氏の天敵ともいえるテメル大統領が指名した人物であり、元々左派ではない。そしてルーラ氏には、かつてジョアキン・バルボーザ氏を黒人最高裁判事に選んだトラウマがある。バルボーザ氏がルーラ政権でおきた汚職疑惑メンサロンなどのスキャンダルを裁き、PT要人に有罪判決を下した。優秀で中立な法律家だったが、何らかのプレッシャーによって定年まで10年もあるのに辞職した。ルーラ氏なりに苦い過去に学び、将来起きる可能性のある〝問題〟を未然に防ごうとしているのかも。(深)

(1)https://www.brasilnippou.com/2023/231006-11brasil.html

(2)https://www.brasilnippou.com/2023/230929-11brasil.html

(3)https://www.brasilnippou.com/2023/230804-13brasil.html

(4)https://g1.globo.com/politica/noticia/2023/09/22/stf-julga-descriminalizacao-do-aborto-ate-a-12a-semana-de-gestacao-entenda-o-que-pode-mudar.ghtml

(5)https://www.poder360.com.br/congresso/pacheco-diz-que-nao-havera-retaliacao-do-legistativo-ao-stf/

(6)https://veja.abril.com.br/coluna/murillo-de-aragao/semipresidencialismo-em-acao/

(7)https://www.brasilnippou.com/2023/230930-11brasil.html

(8)https://www.brasilnippou.com/2023/230718-column.html

(9)https://www.estadao.com.br/politica/ex-presidente-franca-sarkozy-luis-roberto-barroso-pronto-para-presidencia-da-republica-nprp/

(10)https://www.poder360.com.br/eleicoes/raio-x-das-eleicoes-leia-tudo-das-disputas-para-a-camara/

(11)https://oglobo.globo.com/politica/noticia/2023/08/07/lira-diz-que-sem-o-centrao-brasil-seria-uma-argentina.ghtml

(12)https://www.brasilnippou.com/2023/230915-13brasil.html

(13)https://www.nikkeyshimbun.jp/2017/170907-23brasil.html

(14)https://www.estadao.com.br/politica/afastados-da-politica-irmaos-vieira-lima-mantem-fortuna/

(15)https://www.cnnbrasil.com.br/politica/lula-avisa-lira-que-mudanca-na-caixa-ficara-para-o-final-do-ano/

(16)https://cbn.globoradio.globo.com/media/audio/420533/petistas-estao-achando-que-moraes-esta-poderoso-de.htm


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