《記者コラム》新興メディアが地方から台頭=「ブラジル・パラレロ」という新保守
左派系ジャーナリスト、講演者のペドロ・ドリア氏は9月28日付エスタード紙で《ブラジル・パラレロは国内中規模都市を支配し、毎日蛇の卵をふ化させる》(1)という興味深いコラムを発表した。
この「蛇の卵」という言葉は「悪の前兆」を表現する用語だ。元々は16世紀末にシェイクスピアが劇『ジュリアス シーザー』で使用し、それをドイツのイングマール・ベルイマン監督が自作映画のタイトルとして使い有名になった。
1977年制作で、ナチスドイツ出現に至るまでの数年間のワイマール共和国の市民生活を描いた映画だ。注意深い観察者にとっては、1920年代に起こった出来事の中に、ナチズムの誕生の萌芽が見てとれることを描写した。主人公のバーゲラス博士の台詞「それは蛇の卵のようなものです。薄い膜を通して、すでに完璧な爬虫類であることをはっきりと識別できます」は有名になった。
つまり、ドリア氏は「ブラジル・パラレロ」が若手保守を育てていることをナチズム誕生になぞらえ、「蛇の卵を毎日、全伯で孵化させている」と描写している。
「ブラジル・パラレロ」(以下BPと略、https://www.brasilparalelo.com.br)は2016年に南大河州都ポルト・アレグレで創立された動画制作会社で、現在はサンパウロ市パウリスタ大通りに本社を構える。22年末には有料視聴者50万人を越え、今年9月現在では60万人という具合に勢いを増していることで注目を浴びている。
そのコンテンツには保守的かつ新自由主義(ネオリベラル)な傾向が見られ、わずか7年間ほどで国内中規模都市に住む保守層に強い影響を与えるメディアに育った。
その番組の一部が無料で見られるユーチューブチャンネル(https://www.youtube.com/channel/UCKDjjeeBmdaiicey2nImISw)の登録者数は350万人もいる。大手メディアの大半が革新系と見られる中、保守系メディアの中軸的な存在になりつつある新興勢力だ。
こんなに躍進した理由を、ドリア氏はこう分析する。国内の中規模都市(人口20~50万人)は、都会に比べれば治安は安全でショッピングセンターなどの商業施設もあり、庭にプールがあるような裕福な層が多く住んでおり、《ほとんどの州都(大都市部)よりもはるかに優れた生活の質》となっている。
にも関わらず、中規模都市では文化へのアクセスがごく少ない。《だからこそ文化への渇望は大きい。だからこそ、彼らは年間を通じて講演会をやったり、好きなアーティストの音楽ショーを開催したりしている。それが、非常に多くの人がBPを視聴する理由だ》と説明する。
さらに《ブラジル人は教育を受ける機会が少なく、自分たちの歴史を知らない。そんな人たちにブラジル社会の見方を提案する。地方に住む彼らは、どの問題を解決する必要があり、どの問題を解決する必要がないのか、この国が何をうまくやっているのか、何が悪くなっているのかなどについての意見を聞きたい。BPは、同様の事業を展開する競合他社のいない中、ブラジル独自の姿を伝えている》とする。
大手メディアとはひと味違う、地方からの視点を持った保守的な見方を中産階級や富裕層にドキュメンタリーやニュースという形で提供している。それが、パンデミックで自宅待機する状況に後押しされて、どんどん視聴者を拡大した。
ボルソナロ氏が勢いを失ったとしても、この地方の保守的富裕層がいる限り、右派勢力は温存どころか、力を増す可能性がある。それが地方に強い政党の政治家が連邦議会の態勢を占める理由であり、PTやPSOLに代表されるような大都市近郊のファベーラを含んだ都市型左派勢力と一線を画す、現在の二極化した政治状況に反映されているようだ。

ボルソナロ支持者と被る視聴者層
14日付ベージャ誌《調査: ルーラ政権を最も支持しているのは誰か、最も不支持を示しているのは誰か》(2)では、ルーラ不支持の勢力を分析している。
パラナ調査研究所の世論調査によれば、ルーラ第3期政権の最初の9カ月間の取り組みへの評価は、国を二分している。51・6%が現政権を支持している一方、43・7%が不支持、4・7%が「知らない」「言いたくない」とネガティブな評価だった。
この結果をベージャ誌は、《この支持率は、(ルーラ氏が)有効投票数の50・9%でジャイール・ボルソナロ氏を破った、2022年の決戦投票で獲得した票と非常に似ている》と評価している。
その内訳として、《最も不支持を示しているのは南部地域の住民(51・2%)、25歳から34歳のブラジル人(50・1%)、男性(48・8%)、南東部地域の住民(48・6%)、および高等教育を受けた有権者(48・3%)である》としており、まさにBP視聴者層に重なる。
一方、ルーラ氏の取り組みを最も支持している有権者の層は、北東部地域の住民(65・1%)、16歳から24歳の若者(60・5%)、初等教育まで受けた人(57・9%)、女性(55・2%)という結果がでている。
すごく単純化して言えば、北部や北東ブラジルの基礎教育までの若者や女性がルーラ氏に代表される革新的政治を支え、南東部や南部でもう少し年齢層が上で高等教育を受けた男性が中心になってボルソナロ氏に代表される保守的政治を支持している。
両者の差は10%以内しかなく、政治の流れによって次の大統領選ではどうなるか分からない程度の微妙な差と言えそうだ。
ルーラ政権下で穏健な方向へ修正図る

今年2月17日付エザメ電子版《加入者数50万人のBPは論争を避けたいと考えており、「ブラジルのディズニー」になることを夢見ている》(3)という記事によれば、《同社は、公的資金や政府の奨励金を受け取らないという原則を忠実に守り続けている。しかし同社は、この視聴者増のペースを維持するには、扱うテーマと営業戦略の両方で手を広げる必要があることを認識している。たとえば、将来的には広告を可能にする可能性がある》と書かれている。
最初に成功を収めた作品は、ブラジルの経済・政治・文化の状況についての分析を目的とした、「コングレッソ・ブラジル・パラレロ」と呼ばれる一連のドキュメンタリーだった。ドキュメンタリー自体は無料視聴できたが、追加動画を視聴するには300レアルを払う必要があり、これにより15日間で130万レアルを稼ぎ出した。この無料のドキュメンタリー動画と、補完的な有料コンテンツ(内容)というビジネス・モデルは2020年まで続いた。
2021年からストリーミングに参入し、大手スタジオと提携して映画、シリーズ、アニメを含むコンテンツの提供を開始した。道徳的でリベラルな方向に沿った保守的な国民向けに厳選されたコンテンツを提供するという方針だった。
そして、コンテンツの方向性に関しては、《創業者のエンリケ・ヴィアナは、「当社の聴衆は常に、左翼ではない人たちだ。私たちは経済ではリベラルで、慣習では保守的だ。しかし、私たちは親独裁右派ではない。世界にはもっと様々な保守のバリエーションがある微妙なニュアンスがある」と言う》と書かれている。
昨年まではボルソナロ人気に乗っかる部分があったが、ルーラ政権になってから距離を置き、今年からは穏健保守、リベラルな保守という路線を強調し始めた印象がある。
とはいえ、今まで目立っていたコンテンツとしては、パンデミックによる都市封鎖が引き起こした強い孤独感と精神病への批判とか、元夫に撃たれて半身不随となり家庭内暴力禁止法制定のきっかけとなった女性マリア・ダ・ペーニャ氏が嫉妬深かった側面などを描くドキュメンタリーなどがある。明らかにボルソナロ的な見方が映像化されたコンテンツの印象は否めない。
このような流れから今年5月、最高裁のアレシャンドレ・モラエス判事は、フェイクニュース拡散対策の考え方をBP社から事情聴取するように命じている。5月2日付けインフォマネーは《モラエス氏、メタ、グーグル、スポティファイ、ブラジル・パラレロの責任者らの意見を連邦警察が聴取することを決定》と報じた。(4)
モラエス判事は、SNSのアルゴリズムがテクノロジー企業の考え方を具体化し、世論を操作するために使用された疑いがあるとして、グーグルとメタ(フェイスブックを所有する会社)に対してコンテンツターゲティングのメカニズムについて説明するよう命じたのが中心で、その流れでBPにも事情聴取された。
ユーチューブも含めたこの種のSNSに、一般国民が絶え間なく触れることによって、政治的な二極化を加速させる影響が表れているとの疑いがあるためだ。
また、9月21日付ピアウイ誌《BP、初のフィクション長編のプレミア上映を中止》(5)によれば、BPは初のフィクション長編映画『オフィシナ・ド・ディアボ(悪魔の工房)』のプレミア上映を無期限延期した。
国内都市の映画館で10月5日に公開を予定していたが、この映画が原作的な著作である「悪魔から弟子への手紙」から許諾を得ていなかったことが左派メディアによって暴露され、上映の無期延期に追い込まれるなど問題を起こしている。

ミレイのドキュメンタリー映画無料公開も
BPユーチューブチャンネルでは先週18日から、ポルトガル語吹き替え版『DOCUMENTÁRIO JAVIER MILEI - A REVOLUÇÃO LIBERAL(ハビエル・ミレイ、リベラル革命)』(https://www.youtube.com/watch?v=t2varDjgGhU)が無料公開され、話題になっている。21日午前8時の段階で11万4千回視聴、いいね1・7万回だった。
保守的な主張が多いことで知られるリオ・グランデ・スル州の地方紙ガゼッタ・ド・ボーボは、この件を伝えるコラムの中で、《経済学者(ミレイ)の選挙運動に同行している映画監督サンティアゴ・オリアによるこの映画は、すでに候補者を支援するネットワーク(YouTubeで100万人以上のチャンネル登録者を持つEl Peluca Mileiチャンネルなど)で公開されていたが、ブラジルではこのテーマに深く関心のある数少ない住民にしか見られていなかった。また、2年前に彼を国会議員に当選させた選挙運動に多くの焦点を当てながら、このかませ犬的な人物(azarão)の最近の軌跡を要約している点で重要である》(6)と報じている。
ブラジルでは、若手政治家もスタートアップ企業も、メディアですらも新興勢力が次々に出てくる。良くも悪くも本当にダイナミックな国だ。(深)
(5)https://piaui.folha.uol.com.br/brasil-paralelo-suspende-estreia-de-primeiro-longa-de-ficcao/