《記者コラム》期待への裏切りが一層の苦痛に=大サンパウロ市圏停電回復とガザ国境通過

7日午後、大サンパウロ市圏では各地で停電からの回復の遅れに対する抗議行動が起きた。7日付G1サイトなど(1)(2)(3)(4)(5)(6)によると、3日に始まった停電も7日には全て回復との言葉を信じていた人達が、丸4日経っても回復しないことに立腹し、路上に障害物を置き、火をつけたりした上に、警官が銃撃されて負傷する事態も発生。6日付エスタード紙(7)が報じた、鍋などを叩いて電力回復を喜んだ5日夜とは丸っきり異なる対応だ。
普段はあって当たり前で、依存さえしている電気。所によっては断水まで起きた。冷蔵庫に保存していた食料や薬などが使い物にならなくなった人や商店、店を開けられず顧客に迷惑をかけたと胸を痛める人、休校となり授業が受けられない子供や、子供を預ける所がなく仕事に行けなくなる人、具合が悪いのに保健所が機能せず、診てもらえない人なども続出した。
在宅勤務のコラム子も3日は停電で仕事ができず、電気の使える編集部で働くスタッフに作業は全て丸投げになってしまった。別の在宅勤務記者の家では7日朝まで停電が続き、断水も起きた。そんな中でも、最寄りのショッピングなどで業務連絡のための携帯電話の充電を行ったり、義父母宅に移動したりして、記事の執筆を行ったという。
今回の停電の最中でも新聞が出せたのは、編集部が停電に遭わなかったことと、互いがカバーし合いながら働けるスタッフや環境が整っていたおかげだ。
だが、7日付テラサイト(8)にもあるように、7日夜も停電は解消しきれていない。報道では、命をつなぐ医療機器が使えず、冷蔵保存が必要な薬もダメになってしまった事例や、爪に火を点すような生活をして蓄えていた僅かな食料までも失ったという人々の様子が報じられており、胸が痛む。
それに追い打ちをかけるように8日朝、ガザ地区のブラジル人ら34人が8日に出た6回目の越境許可者リストから外れ、8日までに出国できるという約束が実現しなかったという報せが流れた。(8日付ポデール360サイトなど(9)(10)(11)(12)参照)
出国の遅れは、8日までにとの発言後に起きたイスラエルによる救急車攻撃で越境許可者リストの発表が止まった時点で予想されていた。だが、現実となるとやはり堪える。ハマスの攻撃とイスラエルの反撃開始から1カ月が過ぎ、精神的な疲労もピークに達していた上、この日こそはと待ち望んでいた日に出国できなくなって味わった彼らの失望感はいかほどか。
苦難に遭っても、終わりの時が見通せると自分で自分を励ませる。だが、停電で苦しむ人達やガザ地区にいる人達はこの日までにはとの期待が裏切られ、一層の苦痛や苦悩を感じているはずだ。
ガザ地区の人達には「明日(9日)こそは出国可能」と伝えられているようだが、エジプトとの国境到着時、「明後日には出国できる」と言われた時同様の空約束と思った人はいただろう。このコラムが皆様の手に届く時には電力の回復も国境越えも実現しているよう願うばかりだ。(み)
(11)https://ultimosegundo.ig.com.br/mundo/2023-11-08/brasileiros-aviso-sair-gaza-quinta-feira.html