《記者コラム》300万人が被害うけたバイオテロ=謎だらけ⁉ ほろ苦いカカオの悲劇
グローボのノベーラでバイオテロ描く?!
1月22日からグローボTV局9時台のノベーラ(連続ドラマ)『Renascer』(生まれ変わる)が始まったのを見て、かなり驚いた。この物語は、バイア州イリェウスの田舎にあるカカオ地帯の有力農家を舞台にした愛憎劇で、1993年に初上映された同名のメロドラマのリメイク(作り直し)だ。当時この直前に起きて、いまも犯人が捕まっていない謎のバイオテロ事件が作品に反映されており、今もってポレミックな部分があるノベーラだからだ。
『パンタナール』で大成功した脚本家ベネディート・ルイ・バルボーサ氏が、この作品の構想・脚本を務めており、高い視聴率が予想されている。この真菌拡散は政治的なバイオテロとの疑惑があるため、地方選挙を10月に控えた年に公開するのはかなり勇気のいる題材選択だったのではと推測される。

告発ドキュメンタリー映画『O nó Ato humano deliberado』
この事件の調査報道であるドキュメンタリー映画『O nó Ato humano deliberado(結び目 意図的な人間の行為)』(ジルソン・アラウージョ監督、2012年、70分)はユーチューブ(1)で無料公開されており、字幕設定をすれば日本語でも見られる。
1989年から1990年頃、何者かがアマゾン地方から持ち込んだ「魔女のほうき病(Vassoura-de-bruxa、日本名「てんぐ巣病」)」にかかった木の枝を、バイア州南部に広がる方々のカカオ農家の畑の木々にしばりつけて回り、瞬く間に蔓延させた。この地域は250年間に渡って、風土病のない優良なカカオ生産地として世界的に知られていたが、数年で壊滅した様子が映画で語られている。
ジョルジ・アマードが描いたイリェウスの栄華が数年で崩壊
19世紀後半、アマゾン原産のカカオ原木がイリェウスに導入され、「魔女のほうき病」が流行るまでは、世界最大のカカオ生産地だった。ジョルナル・ダ・ラジアリスタ17年6月28日付記事(2)によれば、《1920年代、イリェウスは人、贅沢、富で溢れていた。北東部初のエレベーターを備えた「イリェウス・ホテル」が建設され、今日でも重要な存在であり続ける》とある。当時の栄華は、この町出身の文豪ジョルジ・アマードが『ガブリエラ』や『クラボ・エ・カネラ』などの代表作で描いている。
連邦農業研究機関CEPLAC(カカオ農業計画実行委員会)による農作物回復プログラムの失敗も重なって、60万ヘクタール以上、大半が中小零細農家だったカカオ農園が経営不能となり、25万人の農村の労働者が解雇された。当時は農園に住み込みで働いていたので、その家族80万人の生活基盤が破壊され路頭に迷うことになり、その過程で多くの農園主などが自殺したとその映画にはある。
労働者は100近い地方の農村部から大都市に移動せざるをえず、空洞化によって商店や自営業者も廃業して地域経済が危機に瀕した。同時に都市近郊には巨大なファベーラ(貧民街)が形成されて治安が一気に悪化した。最終的には300万人がその被害を受けたと報道されている。
同映画によれば、当時のカカオ農園には250年がかりで築かれた今で言う「森林農法」的な畑が広がり、イペー、ジュキチーバ、パウダーリョ、アラサダーグアなどの樹木が複合的に茂り、貴重な猿ミコ・レオンや多くの鳥類や昆虫類などが生息する独特の生態系「カブルッカ・システム」が作り上げられていた。だがカカオ農園が倒産する中で、それらは木材として伐採されて販売され禿山になって地域生態系まで破壊された。

ヴェージャ誌告発「PTメンバーのバイオテロ」
ヴェージャ誌はこの件に関して2006年7月1日号(3)で爆弾報道をした。ジャーナリストのポリカルポ・ジュニオール氏は「生物学的テロリズム」との見出しで「労働者党(PT)のジェラルド・シモンエス氏が考案した計画だ」と糾弾、「クルゼイロ・ド・スル作戦」と呼ばれていたという。
これは「PTメンバーのバイオテロ」で《管理技術者のルイス・エンリケ・フランコ・ティモテオさん(54歳)は先週、連邦警察の事情聴取を受けた。4時間にわたる証言の中で、同氏は、1990年代初頭にバイア州南部のカカオ農園を壊滅させた「魔女のほうき」として知られる真菌を意図的に蔓延させた張本人の一人であることを認めた。フランコ・ティモテオ氏は、カカオを担当する農務省機関であるCEPLACの職員5人と共謀していたことも認めた》と報じられた。
地元紙ファラル・ダ・バイア2020年12月号サイト「バイア州カカオ生産地で魔女のほうき病を広めたのはPTの〝自殺行為〟」(4)には証言の内容が詳報されている。

《2006年、民主労働党(PDT)の元過激派ルイス・エンリケ・フランコ・ティモテオは、ヴェージャ誌のインタビューで、経済的・政治的利益を目的としてカカオ農園に病気を蔓延させる計画に参加したと述べた。カカオ生産者の権力を批判し、労働党(PT)関係者も事件に関与したと暴露した》《PTがこれに関わったのは、地域のカカオ生産者の経済力を凋落させることで、(地域住民が)カカオ農家でなく、政治の革命勢力に依存するようにすること》とある。PDTは、2022年の大統領選挙でシーロ・ゴメス候補(セアラ州)を擁立した左派政党だ。
そこに掲載されたフランコ氏の声明文によれば《1987年、私はイタブナ市のカマカン広場にある古いカシュア・バーでの会議に参加した。そこでは労働者党(PT)の指導者が、バイア州カカオ生産地帯を壊滅させる病気「魔女のほうき病」持ち込みを計画していた》とある。動機は《カカオ地域で権力を握る唯一の方法は、カカオ生産者を経済的に弱体化させることだった》との政治的意図だとする。
報道内容は、内部でしか知りえない情報にあふれている。《魔女のほうきに感染した枝は、1987年にロンドニア州オウロ・プレト・ド・オエステから公用車でジョナス・ナシメントによって運ばれた》《彼らは常に誰も不審者に思われないようあらゆる予防措置を講じていたため、グループの一人が放尿するふりをして、別の一人が農場の柵を飛び越え、感染した枝をカカオの木、特にそのてっぺんに縛り付けた》などだ。
驚くべきは《魔女のほうきの拡散に関してPTグループが定めた基準は、まずカカオ地域の中心部の、この病気が急速に繁殖しやすい気候にある戦略的要所にそれを蔓延させ、その後、他の場所に蔓延させるというものだった》との部分だ。感染した枝が縛り付けられた農場は本来、地形や風向きなどが隔離していて、自然には広がらない地域だった。だがそれぞれに感染した枝が拡散されていたことが同映画の中で指摘されており、地元の農業事情に精通した専門家の介在を前提とした作戦であった。
政治的テロの可能性
バイア州選出のセザル・ボルゲス上議(PFL、自由前衛党)はヴェージャ誌報道を受け、上院第84回通常審議におけるスピーチ(5)で、《この告白・糾弾に対する驚きを前にして、我々バイア人全員、特にカカオ農園を代表する者たちは、ここで糾弾された事実を徹底的に調査するための精力的な対策を要求する。何千人ものバイア人が被害を受け、家族構成が破壊され、財産と生命が失われ、何世代にもわたる闘争を通じて資産を蓄積してきた人々の自殺もあった。私もカカオ農家の一人だ。私が所有する財産は、1909年にカカオ栽培を始めた祖父から受け継いだものだ。そして私の父、現在は3代目、間もなく4代目になる。私たちは財産が失われていくのを目の当たりにしてきた》と徹底究明を要請した。
ヴェージャの爆弾報道を受け、上院でも問題視されたが証拠不十分で誰も逮捕されなかった。
1991年にバイア州知事になったアントニオ・カルロス・マガリャンエス氏以降、基本的に歴代PFL知事だった。自由戦線党(PFL)は中道右派政党で、地方豪農を背景とする政党だ。その後デモクラッタ(民主党)に名前を変え、現在はウニオンに合流している。
調べていてゾッっとしたのは、それが2007年からはPT知事に代わったことだ。ジャッキス・バギネル、ルイ・コスタ、ジェロニモ・ロドリゲス現知事までみなPTだ。バギネル氏は現上院議員で、コスタ氏は現在の官房長官であり、ルーラ氏の右腕といえる存在だ。
考えすぎかもしれないが、魔女のほうき病によって大農家という伝統的票田が弱体化され、都市部に流れ込んだ元農村労働者はファベーラの貧困層となり、PTの票田になったという流れは事実だ。
多国籍企業が裏幕と推測するジャーナリストも
23年4月28日付ポデル360サイトで、ジャーナリストのポーラ・シュミット氏が論説「ココアと魔女と貴族のモチーフ」で《驚いたことに、犯人はいまだ見つかっていない。犯罪が起こったことに疑いの余地はないようだが、自白した男性さえも含め、誰も有罪判決を受けていない》と書いている。
たとえ人為的にやったことは明らかでも、政治的であるとは限らない。同映画の結論部分でも、犯罪の責任者を特定できない国の責任を問う声が上げられていた。だが、今も解決していない。
シュミット氏はそこで別の見方を提案する。ヴェージャ誌で告白したティモテオ氏が、その後に何度も言い分を変えてきた事実に着目し、本当の事実を煙に巻くための「限定的暴露」ではないかと論じる。ティモテオ氏には自白する動機が見当たらない。あたかもPTが裏にいるという構図を描いて世論を誘導し、実際には別の黒幕がいる可能性を示唆する。
シュミット氏は、2015年5月1日付米科学雑誌サイエンティフィック・アメリカン(6)の「チョコレートを救う競争」を取り上げ、魔女のほうき病などの病害に強くなるようにDNAを改良したカカオ新品種が研究されており、《約5年前、マース、農務省農業研究局(ARS)、IBM、その他の機関の研究者らが、いわゆるマティナ1―6品種のTカカオのゲノムを配列解析し、科学が収量向上に向けて重要な一歩を踏み出した》と書かれていると多国籍企業の取り組みを紹介した。
さらにシュミット氏は《サイエンティフィック・アメリカンの記事はまた、魔女のほうきの疫病とバイア州を襲った不幸を、新しい配合でより多くの肥料を使用しなければならない証拠として引用している》として、そのような厄病に見舞われないために遺伝子組み換えは必要であり、《小麦やトウモロコシ(新品種の種子は今日では事実上私有財産となっている)、つまりカカオの新しい品種の遺伝子組み換え(そしてその結果としての特許取得)の「利点」について論じた》論文であると疑いの目でみている。
つまり、真犯人は多国籍企業筋ではないか―というのがシュミット氏の見方だ。だが、なんの具体的な証拠も示しておらず、単なる推論の域を出ない。遺伝子組み換え種子の使用を拒否したために、生活が破壊された農民という米国の実話に基づく伝記映画『Percy vs Goliath』(クラーク・ジョンソン監督、2020年、Netflex)を見るよう読者に薦めているだけだ。
ただし、映画『O nó』でティモテオ氏が《1992年に報酬として2万ドルもらった。1万5千ドル分はスイス・フランで、残りは米ドルだった》と証言しており、国際的な支払いを示唆していた点は気がかりだ。
真相はまったくの藪の中であり、それゆえに物議を醸す生物テロだ。

今も続く厄病の恐怖
恐ろしいことに、バイア・エコノミカ紙23年8月31日付「魔女のほうきの後、新たな疫病がバイア州南部のカカオ地域を襲う可能性」(7)によれば、《この病気(monilíase、ココアモニリア症)はまだブラジルのカカオ地域には影響していないが、2021年にブラジルで初めてアクレ州クルゼイロ・ド・スル市のクプアスの木で検出された。
2022年11月、農務省はアマゾナス州の非商業的なクプアス農園とカカオ農園でもこの発生を確認した。農務省は、カカオ栽培地域に到達するのは時間の問題であると認識している》と報じている。農業畜産省サイト(8)によれば、《魔女のほうきものよりも破壊的》と書かれている。
森林農法で世界的に知られるパラー州トメアスーでは、昨年400トンのカカオを日本の明治製菓に出荷したと聞くが、ココアモニリア症がアマゾン地域に広まるのであれば、日系農家にも他人ごとではない。
政治的であれ、企業の利益追求であれ、バイオテロは犯罪であり、それに加担した組織・個人には責任をとってもらうべきだ。世界中で愛される甘いチョコレートの原料カカオの物語としては、あまりにほろ苦い話ではないか。(深)
(1)https://www.youtube.com/watch?v=_0mPiYocm-4&t=9s
(3)https://veja.abril.com.br/coluna/reinaldo/veja-2-8211-o-bioterrorismo-dos-petistas
(5)https://www25.senado.leg.br/web/atividade/pronunciamentos/-/p/pronunciamento/363119
(6)https://www.scientificamerican.com/article/the-race-to-save-chocolate/
(8)https://www.gov.br/agricultura/pt-br/assuntos/ceplac/publicacoes/moniliase