小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=103
「パパ、私、自分の手がぼんやりして、よく見えないわ」
と繰り返した。日を追って意識は乱れてゆき、まるで夢の世界に遊ぶような頼りない母になっていた。寝ていながら、おのずと手が動いて、頭や頬をしきりにかきむしり、また、パンパンに腫れ上がっている腹部を掻いたりする。まるで死が近づいた下等動物の見せる動作のようだ。かと思うと視点の定まらない瞳孔で壁の一部を見つめて、何かにおののいたり、朦朧とした声で、
「パパはいる?」と訊く。
「パパはここにいるよ。心配しないで」
私が諭し、顔をパパに向けてやると、少し父の顔を見、安堵の眼を閉じる。
「ママはちっともお腹が減...
有料会員限定コンテンツ
この記事の続きは有料会員限定コンテンツです。閲覧するには記事閲覧権限の取得が必要です。
認証情報を確認中...
有料記事閲覧について:
PDF会員は月に1記事まで、WEB/PDF会員はすべての有料記事を閲覧できます。
PDF会員の方へ:
すでにログインしている場合は、「今すぐ記事を読む」ボタンをクリックすると記事を閲覧できます。サーバー側で認証状態を確認できない場合でも、このボタンから直接アクセスできます。