《記者コラム》トランプ関税で何が起きるか?=経済危機から半大統領制議論も=すでに仕組まれた政治的な伏線

トランプ関税がブラジル経済に与えるダメージは?
トランプ関税で世界中の株式市場がパニックになっている。今年1月に亡くなった経済アナリストの森永卓郎氏が、昨年から《トランプ関税狂騒曲が起きる》《トランプ就任後に大暴落が起こる》と予言していたのを思い出した人は多い。
1月1日付でヤフーニュースに市岡繁男氏が書いた経済予測にも《トランプ次期米大統領は2023年9月、サウスダコタ州の遊説先で、「我々は大恐慌に向かっている。こんなことを言ったのは初めてだ。唯一の問題は、それがバイデンの任期中に起きるか、私の任期中に起きるのかだ。私はフーバー(1929年に発生した大恐慌に対処した米大統領)にはなりたくない」と述べました。》(1)と書かれている。金融専門家の多くは今回のパニックを予見し、年初までに株式資産を売却して他の資産に買い変えていたことが、今週末分かった。
それが可能かどうか別にして、トランプ大統領は相互関税を使って米国を「世界の工場兼輸出基地」に再編しようとしているようだ。中国の様に対抗関税で真っ向からぶつかる国が多ければ、世界へのダメージは更に広がる。その結果、世界中のインフレが上がるのか、それとも世界恐慌的になってインフレが下がるのか、まったく先が読めない。
ブラジルは比較的実害は少なそうという声もあるが、まだ分からない。万が一、トランプ関税がブラジル内のインフレ圧力を上げる方向に働くなら、国内情勢だけでも十分にインフレ圧力が強いのに、経済はかなりダメージを受ける。
トランプ関税発表前ですらエコノミストのフェルナンド・ウルリッチ氏は3月30日付動画(2)の中で《このままいけばスタグフレーション(高インフレのまま不況)になる可能性がある》《インフレは6・5~7%になってもおかしくない》と推測した。そこにトランプ関税が加わった。

振り返れば、前回のPT政権のジウマ不況中の2016年1月にIPCAは10・71%まで行った。その時の経済基本金利(Selic)は14・25%で、奇しくも現在と同じ。つまり、さらにインフレ圧力が強まったことを受けて中銀はさらにSelicを上げざるを得ない状況だ。トランプ関税前から「今年中に15%越えは確実」と言われていたが、それ以上になる可能性が出てきたことになる。
Selicが上がれば、誰も高金利の融資を受けたくないから資金の流動性が下がり、景気は冷え込む。ルーラがいくら景気を上げようと大衆向けの融資制度を創設したり、所得税5千レアルまで免税を実施したところで、景気を上向きにするのは難しいだろう。
不景気が本格化したらさらに治安悪化も
昨年のGDP成長率の高さや失業率の低さなどを見ていると、まるでブラジル経済は好調であるかのように見え、PT政権期の特徴「不景気が数字に表れにくい現状」だ。だが生活感覚としてはかなりひどい。それを端的に表しているのが犯罪の多さだ。景気が悪くなれば犯罪が増えるのは世の常で、体感的には相当ひどい感じがする。
国家公安局によれば、2024年のサンパウロ州の強盗事件数は2001年以降で2番目に少ない。「聖州は昨年、殺人事件が過去24年間で最低となり、強盗とそれに続く死亡者数は2001年以降で2番目に低い数値となった。ただし、2023年と比較すると2件増加している。この傾向に倣い、一般的な強盗と車両窃盗も過去最低を記録し、窃盗は引き続き減少しており、現政権が国民の治安改善に講じた措置の有効性を示している」と広報にはある。
州全体としてみれば改善した。でも今回の特徴は、サンパウロ市の場合、今まで被害が多くなかった富裕層エリアで犯罪が増えている点だ。2月25日付G1記事《サンパウロの最もボヘミアンな地域で2022年以降、強盗や窃盗が57%増加》(3)にはこうある。 《サンパウロ市西部のピニェイロスやヴィラ・マダレーナなど、ナイトライフが盛んな地区の中でも最も賑やかなエリアでは、過去3年間でこの種の犯罪が57%増加した》と報じている。
警察パトロールの多さを含めて、このエリアには無数の民間警備員が雇われており、犯罪者からするとリスクが高い地域だ。そこでも犯罪を実行せざるを得なくなっている。その分、実際の景気が悪いのではと思わざるを得ない。
「メノス・マウ(実害が少ない方)に投票する」
「本当はどっちもイヤだが、こっちの方が実害は少なそうだから、とりあえず投票する」―ブラジルの大統領選は「メノス・マウ(より酷くない方)」を選ぶという状態を繰り返している。本来なら皆「彼は信用できる政治家だ」という一票を入れたいと思っているが、なぜか決選投票に残るのは「どっちもイヤ」という流れで、究極の選択を迫られている。
それを如実に証明したのが3日に発表されたクエスト世論調査だ。多くのメディアは「ルーラは来年の決選投票で他の7人の候補者に勝利する見通し」という具合にルーラ優勢だと報じた。それは間違いではない。
だがコラム子的には、拒否率に着目した3日付G1記事《ルーラは26年大統領候補者としてボルソナロと同じ拒否率》(4)に共感を覚える。2026年大統領選挙の拒否率調査で、ルーラ大統領はジャイル・ボルソナロ前大統領と同率の55%になっている。
つまり、国民の半分以上が現時点で「ルーラもボルソナロも嫌だ」と感じている。1月の同じ調査で「ルーラに投票しない」は49%だった。それが今回55%だから急上昇だ。今後、トランプ関税で経済危機が誘発されれば、さらに人気は下がる。ボルソナロも53%から55%だから拒否率は誤差範囲内で高止まりだ。
かつての政治的資本を使いつくしたルーラ
ルーラ全盛期の支持率はすごかった。ルーラ第2期政権の終盤2010年12月のIPOPE世論調査では、彼の支持率はなんと87%に達していた。だから、選挙に出たことすらなかったジウマ・ロウセフを後継者に指名して当選させるだけの人気があった。
でもメンサロン事件、ラヴァ・ジャット事件などを通して、その政治的資本は使いつくされた。本来、次代の左派候補に乗り換えるタイミングだ。
ブラジル国民は大統領候補選びに関して、ボス的キャラクターというか、イデオロギー重視というか、政治的カリスマを重要視しすぎるきらいがある。というか、大統領を国民が直接投票する「大統領制」というシステム自体に、ポピュリズムを誘発する要素があるように思えてならない。
たとえ政治家としての面白みはなくとも、もっと実務的に有能なタイプの若い世代を選ぶという投票志向を高めてほしいと熱望する。国民が直接選ぶことに限界があるなら、間接民主主義にする手もある。
もしブラジルが日本のように間接民主主義の「議会主義」(parlamentarismo)であれば、連邦議会の多数を占める政党によって「政府」が構成される。それなら92下議を擁するPLが第1党になり、与党連合を組んで首相を指名することになる。PTは68下議で第2党だ。というか、下院を支配するのはセントロンであり、そこから首相が出る形になる可能性が高い。
昨年10月の市長選挙では、24年10月27日付ポデル360サイト記事《5大政党が国内有権者の68・4%を占める》(5)によれば、MDB、PSD、PL、ウニオン、PPがというセントロン政党が3615市で勝利し、合計1億660万票を獲得した。
この時、ルーラ率いるPTは760万票、7位にすぎない。ルーラは個人的なカリスマで人気を集めており、それが大統領選で集票に力を発揮しているが、党としては人気がない。大統領直接選挙というシステムは、あまりに個人のカリスマに偏り過ぎて政治的な偏向を呼びやすいというリスクがあるように思う。
トランプ関税が世界に及ぼす影響は計り知れないが、それによってブラジルにも経済危機が波及した場合でも、ルーラは頑なに財政出動的な経済政策を固辞してさらに景気が悪化する筋書きも十分あり得る気がする。

すでに仕組まれた「半大統領制」議論
前回のジウマ不況の時は、そこで罷免争議が起きた。だが今回は、そこで歴代下院議長が主張している半大統領制《semipresidencialismo》(6)という議論が出てくる可能性を感じる。
日本のような「議会主義」だと国民は国の代表者を直接選べない。だがSNS全盛の現代では「大統領制」(presidencialismo)だとカリスマで左右されやすく、極端な人物が選ばれやすい。その中間をとった制度が「半大統領制」(semipresidencialismo)だ。
2月9日付CNNブラジル《半大統領制には賛否両論》(7)によれば、半大統領制を議論するための憲法改正案(PEC)が2月6日に議会へ提出された。《半大統領制モデルでは権限が分割される。大統領は「国家元首」として機能し、連邦議会が選出する『政府の長』の首相と権力を共有する。この措置は、この政府形態に共感の姿勢を示した下院の新議長ウーゴ・モッタ氏(共和党)の支持によって推進された。さらに181人の下議も賛成し、PECに署名した》とある。

《法案立案者らは、この提案を正当化するにあたり、新制度により、大統領に関わる制度的危機が発生した場合でも、ブラジルが(フェルナンド・)コロール氏とジルマ(・ルセフ氏)の罷免に先立つ長期的で不確実な制度的危機、そして最終的にはブラジルの経済枠組み全体に影響を及ぼすことになる危機に直面するのを防ぐことができると主張している》と報じられている。
読みようによっては、トランプ関税の影響で今後、世界的経済危機が起きた場合、国内政治的まで混乱が波及した際、ルーラを罷免するのではなく、「半大統領制に変えて議会の力を強化することで妥協する」という伏線を張ったようにも読める。ジウマ罷免の際の半年がかりの大政治劇はすごかった。あれを再現するのは労が多すぎると政治家が考えても不思議はない。
地図を見れば分かる通り、興味深いことに、「大統領制」を採用している国は歴史が短い南北アメリカ大陸に集中しており、「半大統領制」は北アフリカ以北の欧州やロシアなど歴史が長い地域に広がっている傾向がある。「議会主義」は不思議なことに英国につながりの深い地域という感じがする。
左右の両極化が激しいとはいえ、司法を代表する最高裁判事の顔が見え、マスコミを巻き込んで喧々諤々と議論するブラジル政界の現状は、実に民主主義的だ。だが「政界の一寸先は闇」であることも間違いないと思う。(深)
(1)https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/85816
(2)https://youtu.be/Ztakk3Fmv8c
(4)https://g1.globo.com/politica/noticia/2025/04/03/quaest-rejeicao-lula-bolsonaro.ghtml
(5)https://www.poder360.com.br/poder-eleicoes/5-maiores-partidos-governarao-684-dos-eleitores-do-pais/