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ぶらじる歌壇(42)小濃芳子撰

2025年7月18日

サンパウロ 梅崎嘉明

ピアーダの好きな民にて草花にも奇異な名をつけ楽しむらしも

正月に咲く花はプリマべーラにて白黄紅と咲き継ぐ

この国の原産らしき広き葉の植物はコスーテラデアドンと呼ぶとか

サボテン科の五月に咲く花はフロールデマイオと呼びて親しむ

どこにでも生えて咲く花はマリアセンベルゴニヤと呼ぶらし

サンパウロ 山岡秋雄

満開のバラを描きしシャツを着た娘が歩み花園も去る

売店の業務を終へて店を出る店主の顔の愛想消へる

大男がよちよち歩む児と行くに思わず声をかけ年を聞く

三世の女性の足の運び方祖国の人の歩みと同じ

街路樹の幹は曲がるも枝を張り重心をとり倒れず繁る

五十年付きあふ友とカフェー飲む一期一会と言ふ名の店で

久々に革靴を履き歩みしに地を踏む心地足が喜ぶ

何気なく老眼鏡を外せしにはっきりと見へそのまま歩む

モシーラを背負いなほかつ子を抱く母親の顔生き甲斐に満つ

腰を曲げ杖をつきつつ行く婦人ショーウインドウの衣服を覗く

サンパウロ 木村 衛

すめらぎの悲痛な詞よみがえる「堪え難きを堪え」て戦い終る

繰返す歴史の流れは無情にて犠牲者多き人の世辛し

肌寒き季節となりて省りみる成り行き任せ自堕落な日々

思い切り力を込めて球を打つ淀む気持ちを捨てざる如く

戯れごとを言いつゝ競う友がいてマレットゴルフは病みつきとなる

ポンペイア 須賀得司

孫子らの団欒全てポ語ばかり偶々聞こゆヂィチャン、バアチャン

横文字の本に馴染めず九十路生き吾れの生甲斐短歌に俳句

櫻よりイッペー親しむ現在にしてブラジル七十年の歳月重し

成人のハーフの孫と語らえば老にも広がる国際感覚

暇を見て身の辺整理にかかれども捨てるに惜しき縦文字文化

ブラジルに感謝の気持ち日々に増す寄り来る孫らの新車が並ぶ

サンパウロ 安中 攻

進学の意志持ちながら叶ずに鍬に託した十七の頃

思い出は花嫁学校へ行くという君を送りし田舎のバス停

振り向けど探す人影見あたらずメトロの階段ゆっくり降りぬ

偉大なる心に残る詩の数啄木・賢治・佐千夫・三重吉

サンパウロ 山本敏子

故郷の我が家の池の囲りは水仙それとチューリップ咲く

紅葉の秋も深まり木の葉落ち雪虫舞いて冬の知らせか

小春日に立ち木の根もと雪がとけ色あざやかに福寿草咲く

移民妻幾多の苦労も微笑みで耐えて祝宴卆寿迎えり

クロバーの牧場の羊三十匹白い花咲く思い出の郷

猛吹雪二重の窓を通り抜け寝室の中チラチラ舞ひて

百キロも離れた町の娘からいっしょに見ましょ「今日は十五夜」

卆寿の日孫達家族全員で手造りをした九十のバラ

姉として兄弟のために働きて希望を捨てず今は幸せ

サンジョゼ・ドス・カンポス 藤島一雄

八月が巡り来たれば思い出す戦の終焉聞きしあの日を

外敵に初めて敗れし日本が屈辱感にさいなまれし日

戦地銃後三百万余の人逝きぬ八十回めの終戦忌来る

青春のおう歌も知らず学徒兵学業半ば戦かいの場へ

粉飾の戦果に友と快哉を叫びしおろかな学童の日々

国護る念にほだされ特攻に身を捧げたる若者もいた

艦載機に銃撃されども被弾せず死にそこないと友からかいぬ

その友も今は亡き人人の世は未知なるドラマ塞翁が馬

グァワルーリョス 長井エミ子

霜の朝シンと咲きたる冬薔薇物乞い多くおてなう日なり

心身の不安定なる我にして夫はやさし霜降りたる日

チラシ鮨作りたる日は耳朶を打つ祭りばやしよブラジルは冬

信心を持たぬくせして祈りおる婚せぬ吾子の行末などを

桜花一輪開けば満開と古りたる夫はいつも軽快

カンベ 湯山 洋

コーヒーと砂糖の国に行くと聴き少年の胸に星がきらめく

朝食の甘いコーヒー嬉れしくも珈琲園の仕事は厳しい

朝に星夕に星と頑張れど一夜の霜に夢は砕ける

虚しさと淋しさに泣く夕闇にやさしく光る十六夜の月

もう二度と逢えないですねと涙ぐむセーラー服に星が重なる

サンパウロ 橋本孝子

ポンポンとイッペーフォショの花盛り寒い朝でも暖かくなる

朝起きて雨戸をくれば狭庭なる桜の開花日ごと増る

読者文芸

◆熟年クラブ俳句教室(6月)

立ち読みの二軒の本屋日脚伸ぶ 森川玲子

湯豆腐をやさしく摘まむ杉の箸 森川玲子

常緑林中で花咲く寒椿 伊藤きみ子

茶の席に侘助一輪掛軸と 伊藤きみ子

寒椿悲しきことも耐え忍び 大野宏江

移民祭鳥居建てたるアサイ街 大野宏江

頼もしきサンベルナルド移民祭 階籐百代

一輪の床に活けたる寒椿 階籐百代

空高くひびく太鼓は移住祭 松田とし子

寒椿りんと咲きたる垣根越し 松田とし子

散歩道鳥のさえずり日脚伸ぶ 梅津朝代

来る寒波森から白く陽は沈む 梅津朝代

陽の高き仕事帰りを日脚伸ぶ 中原イベッテ

起き抜けの身もひきしまる寒波かな 中原イベッテ

断水の続く命の水涸るる 吉田しのぶ

早七世誕生コロニア移住祭 吉田しのぶ

◆熟年クラブ俳句教室(7月)

今少し生きるのも良し春を待つ 森川玲子

凩吹く父のふるさと伊賀盆地 森川玲子

凩や一気に季節変えてゆく 伊藤きみ子

春を待つ女心の赤い糸 伊藤きみ子

春を待つ停戦祈るウクライナ 大野宏江

春を待つ佳子さま迎え日本館 大野宏江

こがらしを子守の唄と聞いて寝る 中原イベッテ

じゅうたんを敷き詰めしごと枯野道 中原イベッテ

眠るかに春待つ鯉は池の底 松田とし子

落葉踏み歩く細道わらべ歌 松田とし子

庭に来てさえずる小鳥春を待つ 梅津朝代

シュラスコに集まる家族にぎやかに 梅津朝代

カーテンのすき間入り来る冬の蝶 階籐百代

眠るかに日ざしを浴びて冬の蝶 階籐百代

短冊の愛の一文字星祭 吉田しのぶ

外っ国を永遠の地と決め落葉焚く 吉田しのぶ

◆ 名歌から学ぶ短歌の真髄 ◆

 短歌史に残る有名歌人の歌から心髄を学ぶコーナーです。良い歌を沢山読み触れる事でよりよい作歌に繋がるはず。

大切なことと大切でないことをより分けて生きん残生短し 安立スハル

 待ちこがれた春がきて、暑い夏も過ぎ、やがて、秋、冬となる、年月の過ぎゆきは、人の世の常であります。

 ふと考えますと、過ぎた人生のなんと悔いることの多いことでしょう。

 大きく分けて、大切な事と大切でない事をいつも選んで生きてきました。

 あの時のこと、選んだ道の辛い暮らし、また、今につながる生活の有難さなど、年を重ねるほどに思いは深まります。

 しかし、夕暮れは誰にもやってきます。もう失敗はでません、これまでの経験を活かして、これからの人生を歩んでいきたい。誰もが思うことでしょう。

 このような心の苦しみを歌に詠むことは、大変難しいことです。

 更に、現在は、IT文化が進み、情報が溢れますと、ますます判断が困難になり、高齢者には住みにくい社会となりました。これからももっと難しくなると思います。

 そこで、何事も広い心を持ち記憶を大切にしたいものです。

 昔から注意されてきました。思い返して、思い返して、生きていきましょう。新しいことを受け入れて、生き生きとこの社会に生きるとは、とても難しことですが、試してみましょう。優しくはない、人生の道は読きます。時々は思い返しましょう。いつも考えますと心が重くなります。

 この歌は、人生の、道しるべとなります。

《備考》 安立スハル(あんりゅう すはる)

大正12年、京都市に生れる。

昭和14年、療養中、作歌を始める。

京都府立桃山高女卒業

大丸京都店勤務、その後、伏見警察署書記、洋裁店経営。

色々な職業についた。

歌集、「この梅生ずべし」。コスモス会員


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