《記者コラム》アニメ映画『Eu e Meu Avô Nihonjin』=心温まる孫と祖父の和解の物語=10月公開、日系社会必見

ブラジルアニメのリーダー的会社が取り組む
「こんなに日本人とその子孫がブラジルに住んでいることを、世界は知らない。もちろんイタリア系、ポルトガル系、色々な移民がブラジルに入ったが、日本人ほど文化的違いに苦しんだ移民はない。日本人がブラジルに移住した意味、何が起きたのか、何が起きているのかを、孫とお祖父さんの対話と関係の変化を通して描こうと思った」
10月2日公開予定のブラジル長編アニメーション映画『Eu e Meu Avô Nihonjin(私と〝日本人〟の祖父)』のプロデューサーのキコ・ミストロリーゴさん(63歳)に、「どうして日本移民なんですか?」と単刀直入に質問した際、そう丁寧に答えてくれたのを聞きながら、ブラジル社会から日系人に寄せられる好奇心と好意に、頭が下がる思いがした。
キコさんは1989年、セリア・カトゥンダさんと共に子供向けコンテンツ制作会社TV PinGuim社を設立。以来、400時間を超えるアニメTV番組の制作・プロデュース・監督を務めてきた。児童向け作品の豊富な経験を持つ、ブラジルアニメ界のリーダー的存在が同社だ。
中にはケーブルチャンネル「ディスカバリー・キッズ」でラテンアメリカで視聴率トップを獲得した完全ブラジル作品シリーズ「Peixonauta」などがある。今回も同社が制作している。
キコさんは「うちの家族は元々パラナ州ポンタグロッサ出身で、今も親戚がロンドリーナやマリンガにいる。僕はサンパウロだから子供の頃から、普通に日系人が友人としていたけど、彼らの歴史は知らなかった。普通のブラジル人も知らないし、世界も知らないと思う」と畳み込む。
「だからキョウコに監修をしてもらった」と同伴してきた平野恭子さん(39歳)を指差した。平野さんは「日系3世の夫と共に、今まで知らなかった日本移民史をこの機会に勉強しながら監修をさせてもらい、私たち自身もすごく良い勉強になった。その結果、勝ち負け抗争に関する見方も今まで表面的だったと分かった。私も夫もこの監修作業を通じて『今後の人生が豊かになる情報をもらった』と思っています」と頷いた。

ジャブチ賞『Nihonjin』が原作
最も文化的に西洋とかけ離れた日本からの移民の家族を通して、移民大国ブラジルが抱える世代間の断絶や文化衝突を、日本が得意とするアニメという表現形式で、ブラジル映画として制作するという取り組みは、実にユニークだ。
原作は、日本移民を題材にしたオスカル・ナカサトの小説『Nihonjin』。2012年のジャブチ賞(ブラジルで最も権威ある文学・出版界の総合賞。日本の芥川賞や直木賞に相当する存在)受賞作で、映画はその骨太なテーマを児童にも届く語り口に翻案したものだ。
この映画の監督は児童向けシリーズ『Peixonauta(ピショナウタ)』『O Show da Luna!(ルナのショー)』で知られるセリア・カトゥンダさん(63歳)。
編集部を訪れたセリアさんは、「ブラジルにおいても、ひたすら『日本人であり続けたい』と願う祖父の気持ちと来歴が明らかになる中で、普通にブラジル人として育った孫との間で、日常生活において生じる齟齬やそれがもたらす発見を通じ、移民家庭のアイデンティティの複雑さを描きたかった」と解説した。
映画のストーリーは、10歳の少年ノボルが寡黙な祖父ヒデオに家族史を尋ね、移民としての来歴に向き合う過程を描くもの。祖父がそれまで語ろうとしなかった「もう一人の家族」の存在が明かされ、世代と文化の間に横たわる断絶が少しずつ輪郭を持ち始める。
移民家族の歩みを、現在進行形のブラジルの物語として子ども向けに展開する。異文化の重なりを豊かさとして捉え直す視線は、実にブラジル映画らしい取り組みと言えそうだ。

金子謙一「滞伯65年の意義が活かされた役」
セリアさんは主役である祖父の役を「最初は頑なでぶっきらぼうだった祖父が、孫との交流が深まるにつれて徐々に変化していく。むしろ、本当の性格が現れてきて親しみやすい人だったことが段々と分かっていく」と説明した。
主役である祖父役の声優をするのは、俳優・画家の金子謙一さん(90歳、神奈川県出身)だ。「2世の時代は、あえて自分の日本人性を隠し、『自分はこんなにブラジル人だ』と周りに示すようなところがあった。だが3世世代は自然にブラジル人として育って、日本的なものに対して素直に興味を持つ部分が強い。それが今回の映画では上手に描かれていると思う」。
さらに「僕自身は昔よりも、『自分の祖国は日本だ』という意識が強くなった。今思えば、若い頃は『早くブラジル社会に入ろう、ブラジル人になろう』としていたと感じる。でも年取ってみるとね、やっぱり自分は日本人なんだという感じ。日本の日本人より、もっと日本人なんじゃないかな。だからこの映画の役は、とても納得できる。65年間ブラジルにいるが、その意味が活かされた役をもらったと感謝している」と笑った。孫のノボル役の声は若手のピエトロ・タケダさんを起用し、多世代・多文化の響きを層として積み上げる。
金子さんは「何回か収録があって、その度に映画が少しずつ変わっていくんだよ。絵ができる前に、僕らだけで声を収録して、それに絵を合わせていた。だから、すごく自然な表現になっている。僕らも途中でアイデアを出したり、意見を言ったりするけど、次回の収録では表現やストーリーが変化していくんだよ。こんな映画制作は初めて」と驚いた顔をする。
キコさんに確認すると「最初に声ありき。収録した声に絵の方を合わせる。最初は脚本通りに作るけど、だんだんとより良い表現のアイデアが湧いてくる。そうすると修正するんだ。その繰り返しで少しずつ変わっていく。だからすごく手間と時間がかかるんだ」。構想以来6年掛り、今年ようやく公開にこぎつける。

日伯130周年にふさわしいアニメ映画
移民史と家族の記憶という重い主題を、アニメの特性を活かして柔らかで温かい筆致で映像化した。それゆえに、制作面の挑戦は少なくない。まず、美術は画家・大岩オスカルさん(59歳、2世)の作品世界に着想を得た二次元手描きの意匠で統一している。
大岩さんは、サンパウロ出身の日系2世画家。東京芸術大学で学び、1990年代以降ニューヨークを拠点に活動。都市景観や自然を大規模なキャンバスやインスタレーションに描き、現実と幻想を交錯させる作風で知られる。国際的に高い評価を受け、ニューヨーク近代美術館やサンパウロ美術館などで作品が収蔵されている。日本、ブラジル、米国を往還しながら独自の視覚世界を展開している。
今回の映画では彼の意匠を参考にして、ブラジル的な光と陰影に、日本の絵画的な線と間を重ねるデザインを施した。背景・小物に至るまで膨大なリサーチと作画工程を要したという。長編劇場作としての作画枚数・編集の負荷は相当高かったに違いない。
日本とブラジルの往還を背景にしたこのアニメは、移民史の痛みを隠さず、同時に世代が受け継ぐ希望の手触りを静かに留める。期せずしてこの映画は、ブラジルからの日系社会や日本への贈り物--まさに日伯外交関係樹立130周年にふさわしい映画と言えそうだ。ぜひ日本でも公開してほしいところだ。
キコさんとセリアさんは「ぜひ日系コミュニティの皆さんにも幅広く見てほしい。きっと気に入ってもらえると思う」とお勧めする。映画館に足を運ぶなり、直接交渉して各会館で巡回上映を行うのもありかも。
金子さんは「これから、こういう映画がどんどん生まれてほしいね」と目を細めた。(深)