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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(230)

2025年8月21日

 三蔵が『逃げろ!』と。

 走っていると、ジーペが追いかけてきて、我々の前に回りこむ様にして止まった。運転していた非日系人が『乗れ』と。乗った。その男が『どうするか?』と訊く。我々は『自首する』と。 アクリマソン警察まで連れて行ってくれた。その男が何故、そうしたのかは判らない。それっきり会っていない」(ジーペ=ジープ)

 森田の義弟が抱いていた幼女に関しては、無事な姿の写真が、事件を報じるポルトガル語の新聞に出ている。

現れた男

 三岳たちは、アクリマソンの警察からDOPSへ移送され、取調べを受けた。その時、意外なことが起きた。 

 三岳談。

 「(取り調べ室に)ブラジル人の刑事の他に、突如、一人の男が現れた。藤平正義だった。

 書類を出して、これにアシーナしろ、と。

 ワシは、何故、そこに藤平が現れたのか判らなかった。

 ワシも陸上競技をやって居って、大会などに行くと、藤平がスターターをしていたので知っていた。書類に何が書いてあるのかも判らなかった。

 藤平が『何でもないからアシーナしろ』と。アシーナすると、地下室の様な所へ連れて行かれた。夜になっていた。ひと目で拷問室だと判った。

 部屋の中央に立たされた。周囲を大きな男が四人、取り囲んだ。少し離れて藤平もいた。

 藤平が何故、こういう所まで出しゃばって顔を出しているのか、不思議でならなかった。

 拷問が始まった。殴る、蹴る…酷かった。立っていられなかった。

 ワシの耳を掴んで、部屋の中を引きずり回す。耳がきれそうになる。足はフラフラ、喉が乾いて焼ける。

 水をくれ、と言ったら、藤平がコップに水を一杯持ってきた。その時までには、藤平が警察の側に居ることが判ってきていたので、

 『オッセの水は飲まん!』

 と。

 『毒は入っていない。飲め』

 と。

 『死んでも飲まん!』

 と。そしたら、また拷問。 

 壁に金属で作った輪がぶら下げてあって、それを指に嵌め、頭を叩く。目から火が出た。半年ほど痛くて、さわれなかった。肩も。

 倒れると、上に乗って踏みつける。 

 藤平は、それを見ながら、時々、電話をしていた。ポルトガル語で話していた。話しては、また、拷問の指示をする。

 拷問が終わると、二人の男が倒れたワシをズルズル引っ張っていく。

 書類にアシーナさせられた。何が書いてあるのか判らなかった」

 藤平には、こういう一面もあったのである。 

 また三岳は、戦勝派と敗戦派の対立・抗争について、

 「向こうが、皇室侮辱を宣伝するのが、よくなかった。皇居の石垣にボウフラがブラ下がっている、という様なことを…」

 と短く語った。向こうとは敗戦派のことである。

 決起については、この三岳も後悔はしていない、という。無論、間違って別人をやってしまったことは別であろうが…。

 サンパウロ行は、蒸野三蔵に誘われて、そうしたという。押岩の話と少し違う。

押岩、逮捕

 押岩談、再開。

 「事件後、サンパウロからオールデン・ポリチカの刑事がワシを連れにきた。着くと、三週間、取調べを受けた。

 最初、下っ端から殴ったり蹴ったりされた。

 森田とサンターナが通訳をしていた。サンターナの日本語は天才的だった。彼がワシに、

 『教育勅語の中の天壤無窮という文字は、どう書くのか?』

 と聞く。書いてやると、特行隊員が決行の時、腹に巻いていた日の丸を取り出して、そこにある文字と並べ、

 『これ書体が同じですね…』

 と。

 巧く引っかけられた。ハッハッハ。

 取り調べをした主任刑事からは、

 『まだ事件が起るのか?』

 と聞かれたので、

 『ワシが捕まった以上、もう起らない。ワシの様な馬鹿は、もういないだろう』

 と答えておいた。

 彼らは、ワシが臣道連盟員である、と認めるよう要求した。ワシは否定した。が、向うが、

 『指揮者がいなければ、これだけの事はできない。指揮者がいないというのは困る』

 と弱っていたので、

 『それならワシが指揮者ということにしておいてくれ』

 と答えておいた。

 その後カーザ・デ・デテンソン(未決囚拘置所)へ移された。

 そこでバストスの山本悟、ツッパンの加藤幸平たちと会った。皆、臣道連盟やほかの団体とは関係ない、と言うので、

 『それでは皆、特行隊ということにしよう』

 と提案すると、承知していた」(つづく)


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