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開拓当時の苦闘物語(2)=サンパウロ 吉田しのぶ

2025年9月16日

話は前後するが、最初の入植はイビウーナである。独立に当たって借りた荒地は家もなくまずは家を建てるところから始めなければならない。家といっても掘っ建小屋である。この土地は再生林で炭を焼いた後らしくかすかな平地があった。そこに家をたてることにして、日本から持ってきた茣蓙に生後6か月の子供を寝かし、整地作りに鍬をふるった。空腹を訴える子供の泣き声に授乳の時間だと、鍬を捨てて子供の傍に近づいたその時、すぐ傍に猛毒の蛇カスカベールを見たとき気も動転して子供を抱き上げ叫び声をあげた。夫が飛んできて一打に蛇を仕留めた。間一髪であったとあの時の情景は今思い出しても身震いがする。

サッペ小屋が出来、ドラム缶を据え付けて谷川から水を運んで風呂に入った時のあの感触は天国であった。日本人に生まれてよかったなあとつくづく思ったことである。3日に1度風呂水を替え水汲みは夫の仕事となった。朝暗い内に起きて、トマテ消毒用の水をドラム缶にいっぱいと風呂水と炊事用の水を天秤に担いで百メートル離れた谷川から汲み上げるのである。大変な仕事であった。

トマテは天候にも恵まれ、慈しみと愛情を注いで育てた甲斐があってすくすくと順調に育った。

この一作に賭けた独立初のトマテである。私達夫婦の期待は大きかったが、この年は例年になくどこも豊作で市場はトマテで溢れかえった。豊かに実ったトマテを朝から1日中収穫し、夜は箱詰め作業が終わるまで続くのである。寝る暇などなく朝方まで箱詰めを終え夫は出荷の準備に5キロ離れた仲買人の所まで歩いて知らせに行くのである。あの当時車もなく自転車すらない時代、夫は疲労の極限状態の中で歩きながら脳は眠っていたという。よく途中事故に逢わなかったものである。先方の事務所に着いた時とうとう倒れ込んでしまったという。医者を呼ぼうとしたが、「大丈夫3時間ほど寝かせてほしい」と事務所の片隅に爆睡である。命を賭けて作った1万本のトマトも一睡もせず箱詰めした百箱のトマトも仲買人は、カレット代にもならないと取りに来てくれないのである。結局この作は1文にもならず泣く泣く捨てるより外なかった。

トマト畑は熟れたトマトで真っ赤に染まり、豊作貧乏の悲哀をとことん味わった。しかしこれで挫けるようでは、移民根性が廃る。また元の振り出しに戻って、夫はトマト作りが諦めきれず二度目の挑戦である。

県人会の紹介もあって、アチバイアの知人を頼って二度目に入植したのは1967年で夫の実家から窮状を察して、営農資金として幾ばくかのお金が送られてきた。夫は早速土地を買い、独立農として、一家の基盤を築いたが、資金に余裕のある訳ではない。貧乏のどん底まで落ちてそこから這い上がるには、余りにも非情であった。一文の余裕もない中で、肥料代をどうするか、日本から持ってきた私の10着余りの和服と帯と夫が趣味としていた高級カメラが肥料代に消えた。

あの当時jabaquaraに「青柳」という料亭があったのをご存じだろうか。そこで働く女給さんたちは、和服の供給がなく喉から手の出るほど和服を求めていることを聞いて、そこに和服とカメラをもって商談に出向いた。女将さんはお客さんとして盛大に出迎えてくれたが、ことの成り行きを聞いて裏口にまわされたという。表座敷では。三味の音と共にどんちゃん騒ぎが聞こえてきたが、バタタ成金で財をなした近郊農家の農主たちの散財を目の当たりにして「負けてたまるか、今にみておれ」とかえって闘魂をかきたてられたという。

何と皮肉なことか、今現在青柳のあった跡地の近くに居を構え居住しているが、そこを通る度に昔を思い出すのである。

和服とカメラを売って得たお金は肥料代の半分はまかなうことができた。足りない分はパトロンに泣きついて資金を出してもらった。今度こそ失敗は許されない、夜昼なしに二度目のトマテ作りに挑戦である。私たち夫婦が歯を食いしばって頑張って来れたのも、戦前移民の方たちの壮絶な開拓物語をパトロンから聞かされて来たからである。私たちの辛苦など苦労の内に入らないと、常にパトロンの背を鏡として頑張れたのである。第二作のトマテは大成功であった。

豊作のうえ、高値で取引され、この一作が私たちの人生を変えた。まず借金を返すことであった。「お蔭様でようやく借金を返すことができました、ありがとうございました」パトロンに借金を返したとき「よくやった、よく頑張った。これからも応援しているよ。」と励ましの言葉を頂き、パトロンと肩を抱き合った感動の一コマが今だに忘れられない。



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