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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(261)

2025年10月7日

十六章


大騒乱 (Ⅵ)

前章の冒頭で、連続襲撃事件の他にも、別の事件が頻発していたと記したが、この章では、それに焦点を当てる。

事件というのは、詐欺師たちの跳梁(ちょうりょう)である。さらに、それが惹き起こした社会的渦潮である。

詐欺師、跳梁す


詐欺師。世の中が乱れると、この種の手合いが「俺達の出番」とばかり蠢き出すものらしい。

彼ら魑魅魍魎(ちみもうりょう)は、一途に祖国の勝利を信じる素朴な同胞を的にかけ、その愛国心、帰国・再移住願望、皇室崇拝心に付け入り、金品を騙し取った。

日本の皇族に成り済まし、金品だけでなく少なからぬ数の娘を〝献上〟させた色情狂すらいた。

驚くのは、その詐欺師の数の多さである。

彼らは、手口から判断すると総て一世であった。ということは、詐欺師が移民として渡航して来ていたわけで、日本の移民会社や外務省はいい加減な仕事をしていたことになる。

意外な一面であるが、笠戸丸移民の中にも紛れ込んでいたという記録もあるから、その後続組がかなりおったのであろう。

詐欺は幾種類も起きた。

その一つは、終戦直後に起きた戦勝記事を謄写版で刷ったビラやパンフレットの販売である。

これはすでに十一章で記したので、内容は略す。

次が帰国詐欺。

日本向け航路の船の乗船券の販売や乗船予約の代行をした。どちらもインチキであった。

十一章で触れた「日本から移民を迎えに船が来る」という噂が流れ、広まる中で、仕掛けられた。

この詐欺については、十二章で記した様に、森田芳一がDOPSで「臣道連盟がやった」と証言している。が、この説はその後消えてしまっている。

ただし、詐欺の方は続発していた。

乗船券の販売では、大阪商船の乗船券が流出、売られたという。

大阪商船は戦前、サントスに事務所を置いていたが、戦時中は休業していた。乗船券は、その事務所に保管されていたものだった。

乗船予約の代行は虚偽のそれであった。パウリスタ新聞の一九四七年の紙面に、時々「パラナからパウリスタ延長線方面に広がっている…(略)…手数料一件につき六三〇クルゼイロ…云々」といった類いの記事が出ている。

三つ目の詐欺が、南洋の島の土地の分譲である。これは戦時中にも似たようなことがあったが(九章参照)、帰国願望者に再移住用の土地として売った。

「日本軍が占領した南洋の島で、造成中の植民地である」と、それらしく区画化した図面を見せながら…である。が、全く架空の土地であった。

しかしながら、これら詐欺の詳細は、今日に至るも判っていない。調査されたことがないのだ。

川崎三造
川崎三造

ただ、前章で僅かに触れた詐欺師の川崎三造の名が、関連資料類の処々に出てくる。

川崎は「南郷大尉」あるいは「江夏中尉」と名乗ったり「特務機関員」を装ったりして、詐欺を働いたという。

安手の大衆小説にでも出てきそうな名前や肩書であり、頭の程度は推定できる。が、その詐術は巧妙だったという。

実際そうだったかもしれない。

なにしろ邦字新聞が「川崎が、どこそこに現れた」と警戒報を流しているのに、騙される者が出るのだ。

しかも、新聞に彼が詐欺で逮捕されたという記事が出て暫くすると、また別の詐欺で逮捕されたという記事が出る…という具合だった。つまり起訴され有罪判決を受け、服役した形跡がないのである。

さらに一九五四年になって、偽(ニセ)朝香宮騒動という驚嘆すべき事件を惹き起すが、これはこの章の後段で詳しく記すことになる。(つづく)


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