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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(280)

2025年11月5日


加藤は高貴の人ではない。世間が、自分と加藤とが一緒に詐欺行為をした、と見ているのは不当で、自分は単なる小市民に過ぎない。

サンパウロの三軒の家は、自分と加藤が、友人たちから集めた金で買ったもの」

加藤の妻キヨも、

「妃殿下と名乗ったことはない。生活費は農場からの僅かな収入で賄っていた」

などと言っていた。


偽宮騒動 ➆


この偽宮騒動、一時は大事件に発展すると━━加藤・川崎一味を除いて━━誰もが信じていた。

DOPSのリベイロ・デ・アンドラーデ捜査主任も、自信満々であったし、新聞も大変な興奮ぶりで紙面を作っていた。

ところが四月下旬、信じがたいことが起きた。

一味が全員、突如、釈放されてしまったのである。

これは、トレードという彼らの弁護士が、拘留期限が法的に認められている九十日を過ぎたことを理由に、釈放を要求したことによる。

その後、何故かDOPSの動きが止まり、事件は消えてしまった。

これは「詐欺を裏付ける証拠がない」という理由にもよるものであった。

完全な尻切れトンボであり、なんとも釈然とせぬ成行きだった。

捜査も打ち切られた。

邦字新聞が頻りと持ち上げていたDOPSの捜査主任は、記者の前には現れなくなった。

この展開には、それまで興奮して記事を書いていた記者たちも、続報の作りようもない…という有り様だった。

釈放された加藤は、翌日、カンタレイラに現れ、ニヤニヤ笑っていた。

カンタレイラとは、昔、加藤が蔬菜洗いをしていた中央市場があり、日本人が多く集った場所である。

恥も外聞も知らない世紀のクセ者との声が頻りであった。

ともかく、納得できないDOPSの動きであった。

川崎は、既述の様に、それ以前、何度逮捕されても起訴をすり抜けたという戦歴の持ち主であり、ここでも、その狡猾さを発揮したのであろう。

「裏で金が動いたのではないか…」

という疑惑も残した。

十四章で記したDOPSの刑事たちの低劣さを考慮すれば、案外、そんなところに手品のタネがあったのかもしれない。


後日談


加藤は釈放された後、妻キヨと共に、サンパウロ市内から、シッポーの農園に移った。(本宅その他がどうなったかについては、資料を欠く)

彼を宮様と信じていた人々は、暫くここで営農を続けていた。が、やがて次々と去って行った。

その中に、前出の、娘と姪を加藤に献上した岩井静雄の一家が居た。(つづく)


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