「もしブラジルが敵になったら」=想定作戦と現在をつなぐ影=大戦期の米軍北東伯侵攻作戦《記者コラム》
米軍「Plan RUBBER」で北東伯占領を想定
第2次世界大戦前夜、米国はブラジルが枢軸国側に傾く可能性を排除できないと判断し、「Plan RUBBER」という軍事行動想定を作成した。米OSS(戦略事務局)や陸軍情報部は、北東伯の港湾・飛行場・通信施設を徹底的に調査し、必要であれば米軍が先制的に拠点を確保する「限定的上陸」の可能性まで検討していた。
ナタール、レシフェ、フォルタレーザなどの海岸都市は、欧州アフリカと南米大陸を結ぶ〝海空の中継地点〟で、その戦略的重要性は当時から繰り返し指摘されていた。
結果的にPlan RUBBERは実行されず、米国は外交・経済援助を通じてブラジルの連合国参戦を実現し、米軍基地設置に成功した。しかし、OSSの計画書や情報報告書が示した「地政学的認識」は、その後の米国による南米政策にも深く影響を与え続けている。それは「資源」と「情報」が安全保障の中心に据えられるという考え方だ。この思想は21世紀の今日、思いがけない形で再び浮上している。
「友邦」ではなく「要注意地域」
大西洋の南側で、米国が秘密裏に戦略地図を広げていた。第2次世界大戦が正式に始まる前――日本が真珠湾攻撃を行う「1941年12月8日」以前から、米国は北東伯沿岸への軍事侵攻を想定する計画を作成していた。計画名はPlan RUBBER。存在が明らかになったのは戦後数十年を経てからだ。
同計画は海兵隊戦略家によって詳細に検討され、110頁の文書が作成された。まずナタール、レシフェ、フォルタレザを占領し、続いてサルバドール、ベレン、フェルナンド・デ・ノローニャを占領する想定だった。ナタールは「北東伯の他のどの地域よりも優先され、保持される」ことになっていた。
計画には、北東伯の地形的特徴(水路、海岸など)、村や都市、交通機関や通信手段、ブラジル軍の兵力などが詳細に記されていた。サルバドルを除いて上陸海岸の地形は多くの困難を伴い、両軍に多数の死傷者が出る可能性があり、アメリカ軍の死傷者は2902人になると計算されている。
特に北東伯のレシフェ、ナタール、フォルタレーザの港湾は、アフリカ西岸と直線距離が短く、航空機の中継地として利用可能――そうした評価により、1939年時点ですでに同地域は「軍事戦略上の要衝」と位置づけられていた。
北太平洋のニューヨークとロンドンの距離は5500キロ以上。だがブラジル最東端はアフリカに最も近い地点で、ナタールとダカール間の最短距離は2900キロしかない。両都市を結ぶ仮想線は「大西洋海峡」とみなされていた。この海峡は、大陸から大陸へ横断する上で有利な位置にある。航空戦力の発達とアフリカ・ナタール間の〝空中橋〟の建設は、アメリカ大陸防衛の計算を変えた。
逆にアメリカの戦略家にとって、ナタールはドイツ軍がブラジルに侵攻する際の着陸地点としても有力視されていた。1939年1月、当時の米国務次官は、ヴァルガスに対する親ドイツ側のクーデターと、それに続く大西洋海峡を通じたドイツ軍の侵攻の可能性を提起していた。
というのもイタリアが北アフリカ戦線でイギリス軍に苦戦した後、ドイツ軍は1941年に北アフリカに援軍として大軍を派遣していたからだ。実際にドイツがブラジルに上陸する計画があったかどうかは別にして、米国は想定していた。
と同時に、1941年12月、日本軍の真珠湾攻撃により、米国にとって南大西洋は北アフリカと欧州、アジアへアクセスする唯一の航空路となった。これは、ダグラス・マッカーサー将軍の軍隊が日本軍に包囲されていたフィリピンへの、太平洋航空輸送路を遮断したことも意味する。
ナタールとレシフェの空港を通して、アメリカ陸軍航空隊の輸送機は北アフリカ、中東、インド、ビルマ、中国、フィリピンに貨物、人員、そして航空機自体を輸送した。つまり、実は日本を攻撃する上でもブラジル経由の南太平洋航路は重要なルートだった。
「もしブラジルが枢軸国側に回ったら」
この前提に立つ報告は当時、複数存在していた。たとえばOSS作成の「Intelligence Report on Political Tendencies in Brazil」(1941年6月)は、ドイツ系移民の政治活動を〝潜在的政治兵器〟として評価し、OSS内部の諜報員による諸記録からはサンパウロ州や南部地方の一部で青年団・文化サークルを通じた親独的な動きを観察していたことが読み取れる。
これらの情報は「もしブラジルがドイツ側に回れば、米国の南側全体が危険な空白地帯となり得る」という推論を導き、Plan RUBBERの骨格を形成したとされる。
11月25日付本紙《「サンパウロ市近郊に日本人秘密軍事組織」=大戦期、米諜報機関がブラジル脅迫?!=勝ち組や邦字紙動向まで報告》(https://brasilnippou.com/ja/articles/251125-column)で紹介したような《米陸軍省参謀部情報部長の報告。信頼できる情報として、サンパウロ市近郊に2万5千人以上の日本人の秘密軍事組織が存在する》という情報はこの文脈から発せられたものだ。
真珠湾攻撃より前に
米国がこの計画を検討していた背景には、欧州戦局の急転化に対する強い危機感がある。当時の米国の軍事戦略は「防衛圏」を自国周辺だけではなく「西半球全体」へ拡大する傾向へ変化していた。特にナチス・ドイツがフランスを制圧した1940年夏以降、米国は「孤立主義」から一転し、半球防衛構想を現実的な政策課題として進め始めた。
この動きは1940年9月23日、パナマで開催された米州外相会議で採択された「半球防衛宣言」に表れている。「西半球(アメリカ大陸)は欧州戦争から距離を置き、中立性を保つ」という方針を明確にした。軍事同盟ではないが、事実上の「対独・対日牽制」であり、表向きは〝中立〟であるが、実態としては枢軸国勢力の米州進出阻止を目的にしていた。
当時、欧州では既に戦争が勃し、ドイツのフランス侵攻・フランスの降伏(1940年6月)が大きな衝撃となり、「次は南米かも」という危機感が米国政府に急速に広がっていた。ブラジルやアルゼンチンではドイツ系移民が多く、政財界への影響力も懸念されていた。
特にブラジルは当時ヴァルガス政権下で「変形ファシズム」とも言われたエスタード・ノーヴォ体制を敷き、米国にとり「枢軸国に傾く可能性のある不安定要素」とみなされていた。
だから「もしブラジルが枢軸国側に回ったら」という想定が現実味を持ち、Plan RUBBERが作られた。ここで注目すべきは、日本の真珠湾攻撃より前から、米国側がすでに武力による先制確保を想定していた点だ。OSSの内部メモ「Emergency Measures Proposed in Case of Axis Influence in Brazil」(1941年10月)には、戦争勃発時に〝自国の直接参戦前であっても〟ブラジルへの限定的武力介入を行う可能性が記されている。
すなわち、米国の参戦有無にかかわらず、ブラジル情勢の変化が米国の軍事判断を左右し得る――この考え方は、後のPlan RUBBER に継承された。
〝想定計画〟が映し出すもの
結局、Plan RUBBERは実行されなかった。1941年12月、日本の真珠湾攻撃によって米国は正式に参戦したことで、ブラジルとの関係は「潜在的敵対」から一転して「戦時同盟」へと向かったからだ。ブラジル政府も1942年に枢軸国へ宣戦し、大西洋での対潜水艦作戦や陸戦部隊派遣によって連合国側の一員となった。
しかし――もし日本が真珠湾攻撃を遅らせるなど当時の情勢がわずかに異なっていたら、米国軍がブラジルの浜辺に上陸していた可能性もあった。Plan RUBBERは、〝友好国〟という表層の裏側に隠された、米国の危機認識と戦略思考の鋭さ、そして戦争という極限状況が国際関係を瞬時に変えうることを示す史的証拠として、静かに再評価が進んでいる。
セアラー州──海底ケーブルの十字路としての再浮上
今注目すべきは、Plan RUBBERで象徴的な上陸候補地とされたセアラー州が、現在では別の形の戦略拠点となっていることだ。同州には大西洋を横断する海底通信ケーブルが集中し、北米・欧州・アフリカなど複数大陸を結ぶ情報ハブとして急浮上している(valor.globo.com/publicacoes/especiais/nordeste/noticia/2025/09/30/nordeste-emerge-como-hub-de-tecnologia-e-de-data-centers.ghtml)。
特にフォルタレーザ近郊にはGoogle、Meta、Telefónicaなどの通信企業が海底ケーブルの陸揚拠点を設置し、通信量では南米最大級の結節点となった。米国の安全保障コミュニティでは、こうした通信インフラが「新たな地政学的要衝」として再評価され始めている。第2次大戦期に海路・航空路が重視されたのに対し、現在は〝データの航路〟が監視対象となっている。
セアラー州政府も国際通信ハブとしての地位を積極的にアピールし、データセンター誘致や国際企業の参入を推し進めている。だがこうした発展は、米国側からも注意深く見られている。海底ケーブルは平時には投資対象だが、有事には〝戦略インフラ〟に変貌し得るためだ。Plan RUBBERが想定した〝軍事的上陸〟こそ不要になったが、21世紀のリスクは「サイバー・情報戦」に移行し、ブラジル北東部は再び世界秩序の一断面に浮上している。
資源大国ブラジルと希少金属の戦略価値
もう一つ米国の関心を集めているのが、ブラジルに眠る地下資源だ。世界のレアアース埋蔵量の約2割がブラジルにあるとされ、リチウム・ニッケル・ニオブ・グラファイトなど、新エネルギー・AI時代に不可欠な鉱物の多くを抱えている。米国地質調査所(USGS)は近年の報告書で「ブラジル・アルゼンチン・ボリビアの資源ベルトは、21世紀型サプライチェーンの安全保障の中核になる」と明言している。南米はすでに世界の〝食料庫〟だけでなく、〝戦略鉱物庫〟へと国際政治的な意味合いを変えつつある。
こうした動きに、米国の競争相手として浮上しているのが中国だ。中国は既にブラジルの主要貿易相手国となり、レアアース関連企業に投資し、港湾や通信施設の整備にも手を伸ばしている。
BRICSがもたらす〝第三の道〟の不安
米国にとり、かつては「枢軸国」が敵国だったが、現在は中国やロシアが強い影響力を持つ「BRICS」が仮想敵国的な存在になりつつある。
米国が注視している点は、ブラジルがBRICSの一員として地域協調を強め―中国・ロシア・インドなどとともに〝ドル体制への挑戦〟を掲げつつあることだ。近年のBRICS首脳会議では、共通通貨構想・開発銀行の強化に加え、「南米地域のインフラ連結」「資源の主権的管理」といった議題が浮上し、米国側の不安を増幅させた。軍事同盟とは異なるが、〝反米的な連帯〟の兆候と見なされることもある。
ワシントンの一部識者は「ブラジルが南米の非同盟的リーダーになる可能性」を懸念し、半世紀前のPlan RUBBER的な発想が情報・経済の形で再登場していると指摘する。
今の米国にとって、ブラジルは敵ではなく重要なパートナーだ。しかし同時に、資源・通信・通貨・国際関係の結節点にある〝予測不能な国〟として警戒も怠らない。第2次世界大戦前夜の「もしブラジルが…」という想定作戦は、すでに過去の遺物となったのではない。形を変え、〝地政学の再来〟として静かに息づいている。
■歴史は問い続ける
Plan RUBBERが残したのは、単なる軍事想定ではない。そこには「地政学的価値がある限り、外部からの関与もまた繰り返され得る」という厳しい現実が刻まれている。
今日のセアラー州に敷設された海底ケーブル群、レアアースを含む地下資源の豊富さ、BRICSにおける政治的存在感といった要素は、いずれ地政学の地図上に新たな〝戦略地点〟を書き込む。
現在のベネズエラ情勢しかり――。見方によっては、アメリカによる南米へのまなざしは、80年前から本質的には変わっていないのかもしれない。(深)
【参考資料】
▼Brasil na Segunda Guerra Mundial
https://pt.wikipedia.org/wiki/Brasil_na_Segunda_Guerra_Mundial
▼Plan Rubber
https://pt.wikipedia.org/wiki/Plan_Rubber
▼第2次世界大戦におけるアメリカ軍、西半球防衛の枠組み(ステットソン・コーンとバイロン・フェアチャイルド著)アメリカ陸軍軍事史センター、ワシントンD.C.、1989年









