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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(313)

2026年1月6日


支持を得ることが出来なければ、再び左傾化した政権が生まれるであろう。

どちらに転ぶかは、その経済政策にかかっていた。そういう際どい情勢の中で、米のブラジルに対する資金援助が始まっている。明らかにテコ入れである。

これが「革命直後の外資流入」の背景である。

恩典付き農業融資の原資も、これであった。

それにしても、米は妙に手際よく資金を出したものだ。待って居たかの如くである。クーデターが起こることを知っていて、しかも準備をしていた…と仮定すると、話の筋が通ってくる。

当時、駐ブラジリアの米大使が、必死になってクーデター支援のための資金や武器の送付をワシントンに求めていたとか、米海軍の空母が大西洋を南下していた──と記す資料もある。

クーデターを起こした側も、米の経済支援を作戦に含めていた可能性がある。


緑の革命


同時期、米国は国際戦略の一環として「緑の革命」と呼ばれるオペレーションも展開していた。ただし民間団体の名で…。

緑の革命という言葉自体は、かなり古くからあり、米国内での農業の大規模な技術革新を指していた。

が、ここで言うそれは一九六〇年代から始まった国外での活動を指す。

このオペレーションは、米国にとって要衝といえる国で、食糧生産を短期間に大増産させようとしていた。

食糧を自給できれば、その国が左傾化する危険が極めて少なくなる…という分析からである。

その大増産のため、米国式農法を持ち込んだ。広大な農場で、大型機械を駆使、高性能の化学肥料や農薬を大量に投じて穀物などを生産する農法であった。

これにより、上空から見ると、巨大な緑の絨毯が無数に出現した。一つが何十㌶、何百㌶という広さの畑である。

その国のそれまでの原始的農法に比べれば、まさに緑の革命であった。

最初に、東南アジアではフィリッピン、ラ米ではメキシコで、このオペレーションを展開した。

無論、支金協力もしていた。

六六年からブラジルで始まった農業振興策は、米国のこの緑の革命の一環でもあった。既述の恩典付き融資以外もあった。

スール・ブラジル農協がまとめた一資料の中に、次のような一節がある。

「当時、よその組合では、世界銀行から長期の低利資金を借り、それで事業拡大や組合員の営農の大型化を図っていたが、わがスール・ブラジルはフランカとカルモ・ド・パラナイーバで、組合直営のファゼンダの造成に乗り出した」

ブラジル版緑の革命は一九七〇年代に入って本格化する。

付記しておけば、米国式農法による化学肥料の効果は、どこの国でも農業界を驚かせた。

単位当たり生産量を飛躍的に伸ばし「化学肥料に不可能の文字なし」とまでいわれた。

後に、その公害で「天を荒らし、地を荒らした」と批判されることになるが…。

農薬についても同じであった。


パカエンブー


一九六〇年代のコロニアに関して、書き残した重要な出来事がある。

六七年、日系社会史上、そして日伯史上の慶事があった。同年五月の皇太子ご夫妻(現上皇ご夫妻)のブラジル訪問である。

その訪問の予定が発表された時、筆者は新米記者で、それがさほど重要なニュースとは気づかなかった。

筆者は戦中生まれ、戦後育ちの人間であり、数カ月前まで暮らしていた日本では、皇族がどこそこを訪問した…といった類いの新聞記事を、見慣れていたためである。

が、やがて勘違いであることに気づいた。古い移民たちにとって、これは感動的な喜びだったのだ。

筆者は次のような幾つかの経験をした。

ご夫妻の訪問が近づいたある日、新聞社の営業部で外交をしている先輩から、近郊の小さな町に、近く百歳になるお婆さんが居るから取材しないか、と誘われて同行した。

このお婆さんについては、一章で一寸触れたが、笠戸丸以前の渡航者、隈部三郎夫人イヲであった。

後に、その戸籍を見たことがあるが、明治元年の生まれとあった。名前の文字は「イヲ」で、よく資料類で使用されている「五百」ではなかった。

若い頃は英語教師をしていたという。当時としては新時代の女性だったわけだ。

既述の様に、隈部一家は日本出発時から目論見が狂い、辛酸を嘗め尽した後、三郎は自殺した。

イヲが、そういう運命と闘い続けた武器は気力だけであったろう。

それを聞き出せたらよかったのだが、この時点では、筆者はそういうことを知らなかった。それと家族の事前の断りでは「年齢のせいか、幼時と最近のことを除いて、記憶は失われている」ということだった。

で、筆者は最初、子供の頃の想い出を訊ねた。(つづく)


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