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ぶらじる俳壇=165=伊那宏撰

2026年1月8日

明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2026年 元旦 伊那 宏


マナウス 大槻京子

静かなる日々の尊さ明の春

帰り来ぬあの日の子らや手毬唄

アマゾンに緑の淑気なみなみと

〔緑の樹海と言われる大アマゾン。年中変わることなき大自然の佇まいながら、年改まり、そこはかとなく新しき年の息遣いに溢れている一句。〈淑気〉とは文字通り〝気〟であって実体があるのではなく、新年を迎えて気持があらたまることによって生ずる粛々とした感覚の世界を言う。〈なみなみと〉とはこぼれ溢れそうになること。緑の樹海が生き生きと息づいている様子が詠まれており、そのボリューム感を表現するため、この副詞を使ってスケールの大きな句に仕上げたのは作者のお手柄であろう〕

モジ・ダス・クルーゼス 浅海喜世子

お正月住んで都と思いけり

〔普通「住めば都」とは言うけれど、〈住んで都〉とは稀なる言い方である。前者は近未来の意味になり、後者は現在形としての意味を持つ。つまり、住んでいてこその都なのであって、その地に定着することによって晴れて〝都〟と呼べるのだ―と作者は言っておられる。現実問題として、今ブラジルに住んでいる作者は、ここをわが都と思ってその地を愛し、日々の営みを積み重ねてきた。毎年迎える真夏の〈お正月〉は、日常の一部として何ら違和感のない年中行事になっている。正に住んでこそわが都になったのである。〕

何もかも新年の中出発す

残したる子孫十余や年新た午年の新暦見て手綱取る(別稿より)

新年の岐路選びつつ歩む道(〃)

サンパウロ 馬場園かね

村道の樹木の隊道恵方道

児の描く声なき声や初茜

今在るを大事に独り年酒酌む

カンピナス 後藤たけし

夕虹や老にも夢の二つ三つ

帰り花遠き昭和の歌偲ぶ

思ひでの夕焼小焼けの遠き日々

サンパウロ 石井かず枝

向き合いて元気一番初笑

今年こそ願いを込めて四方拝

希望を乗せ家族揃ひて宝船

サンパウロ 串間いつえ

人並に心忙しき年の暮

朝かとも我が昼寝覚め淋しけり

〔ふっと昼寝から目覚めたとき、朝の目覚めと錯覚することがよくある。窓からの明かりが眩しくてすぐにああ昼寝をしていたのだと気づく。そんなときに〈淋しけり〉と感じた作者の胸内は不可解だ。なぜ淋しいのか、この束の間に抱いた心境を説明する手立ては誰にもない。作者でさえも。侘しさが寸時胸の内を満たしたこの、茫漠とした心境をそのまま受け入れることによって、ここにデリケートな一つの美しい詩が生れたことは事実だ。何も説明はいらない。これ以上何か言おうとすれば散文になってしまう。俳句を自家薬籠中のものにされている人にだけなし得る業である〕

体力の無き証なり汗の玉

サンパウロ 大野宏江

ナナちゃんの恋人探すお正月

書初に未来の国と競ふ児等

お正月富士を見せたく宿を取る

サンパウロ 林とみ代

東方に二礼二拍手初詣

人生の一歩踏み出す年始かな

初空に余生の夢を描きけり

イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑嵩

初夢にふるさとの山わらべ唄

初日の出平穏な日々祈るのみ

翁笑む媼笑いて初明り

イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑泰子

初春や日の色うれし庭の花

新年の言の葉ゆかし胸深く

リハビリの踏む足強し年新た

サンパウロ 太田映子

高層のビルから拝む初日の出

節料理母から娘へ味を継ぐ

フーフーと雑煮いただくここブラジル

古い年除いて聞くや除夜の鐘

一年の流れは続く去年今年

日本 三宅昭子

アマゾンに在りて雑煮や我日本人

読み初めの聖言葉心引き締めて

凛として八十三歳御元旦

麻州ファッチマ・ド・スール 那須千草

一ヶ所に根っこを下ろし初日の出

初日の出八十路の道を照らしくれ

新年も旧年もなく時刻む

サンパウロ 伊藤きみ子

おくどさま水神様にも鏡餅

御降や茶室の庭のしき松葉

初暦新たな月日を夢に見て

セザリオ・ランジェ 井上人栄

故郷の違う夫婦の雑煮談

〔日本ではお雑煮は各地方によって様式が異なる。その土地の利を生かしたやり方があるからである。例えば丸餅か角餅か、すまし汁か味噌汁か、具に何を入れるか等々。また餡餅を味噌汁で、といった組み合わせもあって様々である。〈故郷の違う夫婦〉となるとそれぞれの家の味付けもあって、結婚当時にはどちらの味付けにしようかと揉めたりもしたことと思う。昔気質の一世なら旦那さんの家の習慣を、味付けだけは台所をあずかる妻が決めるものとして、奥さんが自らの主張を通したかも、などと微笑ましい夫婦像が想像される。最近はお餅の製造も機械化され、形も均一化されたから、お雑煮文化もそれなりに変化をしているのでは?〕

初暦記す孫達の誕生日

移民等の雑煮談議や果てもなく

サンパウロ 山岡秋雄

七十年住むこの国の初日の出

尺八を鳴らし模倣す王囃子

頭から浴びるシャワーの初湯かな

サンパウロ 上村光代

鏡餅飾り客呼ぶ店繁盛

美しき門松かざり祝いけり

鏡餅仏に供え幸祈る

ポンペイア 故・須賀吐句志

悠久の銀河の下に老いにけり

月おぼろ吾もおぼろや九十路生き

冬ばらの気のなき素振りして匂う

引き算の生活にも慣れ年の暮

もう少し生きるつもりや冬の空

―「月曜句会」誌二百号より。絶句となる―

ポンペイア 鹿島和江

年初め人生楽しく過ごしたく

母恋うて長々話し初電話

お正月曾孫を抱いて撮る写真

ポンペイア 岩本洋子

年越せば明るきニュース望みたし

穏やかな顔揃いけり忘年会

幸守る音かも知れず葱刻む

ポンペイア 白石幸子

平凡に生き永らえて雑煮食ぶ

子等海へ残る老二人寝正月

遠くより花火眺める年明けし

ポンペイア 作野敏子

ささやきの如く窓打つ春の雨

丘の上夕焼け空に暮の春

風も静か窓から覗く冬の月

サンパウロ 谷岡よう子

夏の川ほっと一息足浸し

滝しぶき浴びて心も安らぎて

サンパウロ 川村君惠

お遊戯会愛しき孫娘はオオカミ役

買い物も一人分のみ秋の道

アチバイア 毛利ペドロ

フィナードス墓地を歩くはひと苦労

寒暖の続く毎日四季いずこ

ブラジルは南国と云え雪も降り

ヴィトリア 大内和美

お年玉右にならえと手が並ぶ

寝正月ダラダラ寝てるダンナさん

母ゆずり具沢山の雑煮かな

ヴィトリア 藤井美智子

初夢は時巻き戻しふたり旅

年変わる零時を待って初電話

年明けや日捲りいちまいおもむろに

ソロカバ 前田昌弘

波羅蜜と聞けば何やら抹香臭し

波羅蜜は熱帯果実バリグード

蟠り解けぬがままに秋は行く

本年は新玉の誓いせぬことに

モジ・ダス・クルーゼス 浅海護也

正月や昭和の我家国旗立つ

おめでとう皆で交わす年賀かな

長々とベッド一杯寝正月

雨乞いの人人雀喜雨の中

端居する親父の顔や目に涙

コチア 森川玲子

俎の枡目うつくし若菜粥

野うさぎの糞を見つけむ鍬始め

〔ああ、この感性! 野良で働く人のみに授けられた何と微笑ましい詩(うた)であろう。この意表を突く「糞」と「新年」の組み合わせ。〈鍬始め〉だからこそ違和感なく読む人を惹きつけるのだ。自然の中で生き、自然を友とした一茶の素朴な俳句世界を彷彿させてくれる。けだしコロニアではまったく稀有な素材を取り上げたこの一句、脱帽するしかない〕

お守りを吊るすトラック初荷かな

歌舞伎座の初芝居観るNHK

ベレン 岩永節子

初空に白鷺渡る街眠る

書き初めの「転ぶなかれ」に力入る

賑賑と水鳥大河へ初詣で

ベレン 鎌田ローザ

遠き日の家宝臼と杵の今何処

出し引っ込みおそろおそろと餅つきや

父のつく餅付きの音想い出や

ベレン 諸富香代子

朝と夜妹と繋ぐや初電話

初春や夜明け前より鳴く小鳥

今年またもどきと言えど節料理

〔もどき。擬き。似ること、似せること。新年を祝う日本のお節料理は定番があって、ほぼ決まった食材が使われるが、海外の、特に熱帯アマゾンでのそれは、何でも手に入る聖市の日本人街辺りとは違い食材入手が甚だ難しい。昆布ぐらいは入手できるとしても、後は現地生産されたものをあれこれ工夫するしかない。目出度さを表現するために、ここは家庭の主婦の腕の見せどころ。それはそれで楽しい作業であろうかと思う。昔から移民はこうして独自のお節料理を考案してきたのである〕

ベレン 竹下澄子

早々に子等のメールの年賀受く

乗り初めや伯人笑顔で席譲る

筆太に〔健やか〕と記す初日記

ベレン 渡辺悦子

初夢や家の子ら集う宝船

老いぬれば達観もして屠蘇の膳

初日燦大河を明日の力とす

〔アマゾン大河を初日が燦々と照らしている。さざ波が小刻みに初日を反射して、まるでダイヤモンドの輝きを見るようだ。それだけでも圧倒される思いだが、初日に光り輝きながら、滔々と流れるこの大河を明日への力としたいと、大河に向かって己が人生を振り返り、年頭の決意を込めた作者の願いは、そのまま私たち海外に住む老齢者の願いでもある。初日燦々。何と素晴らしい年明けであることか。先ずはこの一年、私たちもまた作者と共に良き年であることを願っている。〕

選者詠

年迎うついえぬ夢はそのままに

年新たなりてのひらをじっと見る

神宿る土ぞと思う鍬始


読者文芸


◆あらくさ短歌会(11月)

衰えたこの身を今は持て余す未だ未だ未だと気持ちは負けぬ 楠岡慶憲

逝きし友の歌集を読みて思い出す君と遠出をしたる日のこと 梅崎嘉明

街中で声かけられた知り合いを思い出せずに悔しく思う 吉田五登恵

「バアチャンのクリームコロッケ世界一」目を潤ませて孫言いくれぬ 金谷はるみ

唯一の一枚残りし写真には君の微笑みセーラー服で 安中攻

このところ雨降り多く洗濯物干す場所さがし困りておりぬ 足立富士子

久しぶり日本に嫁ぎし二世の娘会えば変わりて我より日本人 橋本孝子

曇り空薄日さしたる昼下がり午後は広場で居眠り読書 水澤正年

ユーカリは大草原のてっぺんに背丈比べてスクスクと伸び 篤常重

離れ住む姉より届く着信音スマホで交わす尽きぬ想い出 矢野由美子

サビア降り来てひと回りうっとりと聞く夜明けのさえずり 松村滋樹

また一人訃報ありしもあの人と過ごした日々を思い出したり 足立有基

春なれど寒さ訪れ身ぶるいす農家の幸よ炊火を思う 伊藤智恵

◆くろしお句会(12月)

忘れもの藪かげにあり蛇の衣 馬場園かね

戦火越え沖縄の悲話蘇鉄咲く 後藤たけし

マンチケイラ山脈みどり夏の旅 石井かず枝

持ち歩き用とや小さき扇風機 串間いつえ

除夜の鐘響き渡るや世界中 大野宏江

夫逝きて流るる月日十二月 林とみ代

容赦なく厨を包む大西日 山畑嵩

夏の雨粒太くして叩きつけ 山畑泰子

夫逝きて独りひそやか除夜の燭 大槻京子

主なき食卓の椅子年暮るる 太田映子

煤払心の内の隅までも 三宅昭子

夫婦縁長らえて聞く除夜の鐘 浅海喜世子

持ち寄りの忘年会や弾む声 那須千草

侘助が床に鎮座の茶の点前 伊藤きみ子

木肌脱ぎ鉄の大木牧の中 井上人栄

五十年知る友に買ふ歳暮かな 山岡秋雄

行く年や無事に過ごせし日々感謝 上村光代

◆モジダスクルーゼス俳句会(12月)

響き合ふユーカリ林の蝉時雨 村上士郎

衛星の光りトコトコ夏の夜 尾場瀬美鈴

雷が鳴れば逃げ来る母の膝 大石喜久枝

二階まで届く大木蝉時雨 壇正子

夏の宵鼻緒で擦れた指痛し 田辺鳴海

夏の夜お化け屋敷で肝試し 秋吉功

風入れん小紋に母のしつけ糸 松本留美子

◆老壮の友(12月)

「メウアボ・エ・ジャポネス」の映画とか孫に誘われ共にいできし 梅崎義明

浜木綿の香りほのかに漂いて夏の日差しも和らぎてきぬ 野口民恵

初めての女性総理の細き身に祖国の新しき運命背負う 小濃芳子

病院の夫を思いて次々と浮かび来る不安打ち消しており 金藤泰子

遠き日の亡夫の碑作る石店にてダビデの星を刻む墓碑あり 森川玲子

あの角に今頃咲くはアラマンダしばらく見ぬが満開ならむ 坂野不二子

五輪づつバニラ朝顔咲き初め熱帯に匂う日本の香りが 松村茂樹

台風に飛ばされまいと足踏みしめ帽子片手にヨタヨタ歩く 足立有基

訪日の目的は多くあるなれど買い物するとき一番楽し 足立富士子

心おきなく電話しあいし友が今日明日はホームに入ると告げたり 小池みさ子

◆老壮の友(新年号分)

サンパウロを離れリハビリを続ける日々幾人の友の逝去伝わる 梅崎嘉明

新年へのバトンを渡す時近く八度目のわが午歳がくる 小野寺郁子

見ましたか今日の大山肩の辺に貌埋めるごと沈む夕日を 野口民恵

裏庭に区割りし植えし松葉ボタン真昼の風に花びら開く 小濃芳子

担当医は「赤ひげ先生」の如くして子供移民で日語たどたどし 金藤泰子

次々とこども等が来て雑煮餅に祝いし後に墓に詣でむ 森川玲子

つつましく異郷に生きて五十五年他に生きる術あっただろうか 坂野不二子

すくすくと育てと祈りしかの日々が今は懐かし子供が頼りに 松村茂樹

コロナとうレジャーセンター不思議にも平日たむろす若者多し 足立有基

里帰りは一年ぶりか年ごとに会う人減りて寂しくなりぬ 足立富士子

百歳の声聞きしとたん足運びのにぶきに転び骨折したり 大志田良子

悲惨なるアジア各地の豪雨災害乾季長引く聖市に見つつ 小池みさ子


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