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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(337)

2026年2月7日


 ここで、信じがたいことが起こる。前記八三年のリスケで決めた外債の利子支払いを、一方的に停止してしまったのである。ということは、元利とも支払いをしないことになる。

 デフォルトであった。

 これは国家の実質上の倒産を意味した。

 八七年二月のことであった。

 ブラジルは、とんでもない男に国の運命を託してしまっていたのである。

 ことの重要性を認識していたかどうか、疑問なほどの政治感覚であった。

 サルネイは、外債という重荷を、剣ヶ峰から谷底へ向けて、投げ捨ててしまったのだ。

 この暴挙により、国際信用は一挙に失墜した。

 これについては、

 「大人たちが懸命に崩れを防いできた積み木細工を、横から出てきた幼児が突き崩したようなもの」

 という譬えもあった。そうとすれば、その幼児には髭があったことになる。

 ブラジルは大破局に突入したのである。

 この瞬間、地獄の悪魔は、大哄笑したであろう。


 全ブラジルが無法化!


 一方で、一九七〇年代から始まった治安の悪化は、さらに、救いようのないほど酷いモノになっていた。

 誰もが被害に遭った。死傷者が急増していた。「死者は、中東の戦場より多い」とすら言われた。

 しかも犯罪は狂暴化した。特に聞くに堪えないのが婦女子に対する性的暴行だった。

 この無法化は全ブラジルに広まった。

 日系人が、特に狙われることも変わりなかった。

 一例を紹介する。

 スザノの南部にイペーランジャという区があり、ここの日系社会は、福博村と自称していた。村民は二百数十家族だった。

 福博は七〇年代は養鶏で栄え、剣道で名を上げた。しかし八〇年代に入ると、急激な衰微が始まった。

 原因は、養鶏景気が去ったこと、その他の理由もあったが、強盗の横行で、村民が逃げ出したことが大きかった。

 その横行は八〇年から始まった。

 一村民が、その一部を記録に残している。

 三月三日夕方、一商店が仕事を終えようとしていた時、ピストルを持った三人組の強盗に襲われ、金と車を奪われた。

 次いで五、七、十二、十七、二十二日と事件が続いた。

 四月は無かったが、五月、ある家に強盗が表戸を蹴破って侵入、家人に暴行、金を奪い、長男の妻を拉致して車で逃走した。

 が、サイレンが鳴り出したので、途中で放して去った。

 六月は、事件は無かった。

 七月は三、十六、十七、三十日と発生。

 三十日のそれでは、家族が夕食中、突然、裏戸の外で発砲音がした。出てみると、長年飼っていたシェパードが撃ち殺されていた。

 八月は五、十三日と二件。

 九月は四日に一件。

 一九八一年。二月十一、十七日と二件。

 記録は、ここで終わっているが、末尾に「容疑者は上がったが、逮捕には至っていない」とある。

 それ以後も、事件は断続的に起こり、それは常態化してしまった。

 その中には、レイブ、殺人もあった。

 村民の数は減り続けた。

 この福博の被害は特別の事例ではなく、何処の日系社会へ行っても、似たようなものだった。

 だから、強盗に反撃した…といった類いの話を聞くと、誰もが喝采した。

 一九八五年、スザノに隣接するモジ・ダス・クルーゼスのコクエーラ(区)で、ある日系家族が、夜、強盗団と銃撃戦を交え追い返した。

 坂田正雄一家である。

 コクエーラには、一九一九年以降、日本人が入植してつくった集落がある。正雄は三一年、ここで生まれた。

 この集落では、七〇年代、二百家族以上の農家が、果実や野菜を生産していた。

 八〇年代に入って、その農家が頻々と、強盗の被害に遭うようになった。

 九月十六日、深夜。同家では坂田夫婦、次男と嫁、孫、三男が寝ていた。犬が、普段とは違う吠え方をした。坂田が起きて外の様子を窺うと、四人の男が居た。

 「来た、強盗だ!」

 夫人と嫁、孫を奥の部屋に避難させた。

 強盗が外から、

 「金を出せ」

 と叫んだ。拒否すると、

 「火をつけるゾ」

 と脅す。

 実際、ガソリンを、家の壁にかけて火をつけた。続けて家の外にあった大きな鉢で、サーラの窓ガラスを割り、中に侵入してきた。

 サーラから通ずる廊下に、坂田と次男が移動、腹這いになって拳銃を構えた。

 強盗は家具類にも火をつけた。その煙が廊下に流れこんできた。彼らは拳銃を構えながら、その廊下へ入り込もうとした。ここで坂田が撃った。向こうも撃ってきた。

 銃撃戦が始まった…といっても、坂田は銃を扱った経験は、一度か二度しかなかった。次男も撃ったが、こちらは古くて弾が出なかった。(つづく)


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