《寄稿》日本人のエロスにある粋なコンセプト=前代未聞のミス・ヴァギナ・コンクール=サンパウロ市在住 坂尾英矩(93歳、横浜市出身、渡伯68年)

女性器の外観で金儲けするビジネスなんて

9月22日付フォーリャ・デ・サンパウロ紙

 選挙関係の報道が新聞紙面を多く占める最中、去る9月22日付フォーリャ・デ・サンパウロ紙に信じられないようなニュース《リオデジャネイロの候補者が、国内で最も美しい女性器コンクールで優勝》(https://www1.folha.uol.com.br/cotidiano/2024/09/candidata-do-rio-de-janeiro-ganha-o-miss-ppk-concurso-de-vagina-mais-bonita-do-pais.shtml)が目に止まった。
 驚いたのはその見出しで「ミス・ヴァギナ・コンクール」――まさにそのものずばり、ブラジルで最も美しい女性の秘部の持ち物の主が選出されたのである。
 内輪だけの遊びなら話は分かるが大衆エンタメとして全国から応募者が5千人あり、審査員の他に一般人の投票を募って11万票も集まったのである。問題は審査方法と選択基準で、申し込みは局部の写真のみ。選択基準の最重要点は局部の左右両サイドの調和と書いてある。
 このコンテストは2022年に誕生し、昨年は中止されたが、今年復活した。コンテストのルールは三つ。「形成外科医から陰部の手術を受けたことがないこと」「審査に影響を与えないよう出場者の顔を省略すること」「ファイナリストは異なる州の代表であること」。
 一般投票のアクセスは15レアル(約400円)だから11万票なら165万レアルの収入となり、優勝者には賞金1万レアルだから旨味のあるビジネスである。いずれにせよ女性器の外観を金もうけの目玉商品とするなんて、欧米人の物質主義的な価値観から出たもので、世界中に広まったポルノビデオも同じ発想である。

日本人の美とは「深い精神的な美しさを目指す」

 しかし、日本人には昔から老若男女を問わず仏教的美、つまり「美とは表面的なものではなく深い精神的な美しさを目指す」という情感が自然と身についているので欧米人とはレベルが違うから、このようなイベントはセンスに合わない。
 例えば「心中」を取り上げてみよう。
 終戦直後爆撃で廃墟となった東横線高島町駅ガード下で、米国婦人と日本人画家の服毒心中事件があった。米軍MP部隊のジープと横浜の警察署員がかけつけたが、占領下だったので抱き合っていた死体は日米両サイドに離ればなれとなって収容された。
 その現場を見た米兵と立ち会った日本人通訳のつぶやきが誠に対照的だったのである。米兵は「テリブル(ひどい)」と言って十字を切った。米婦人は駐留軍人の妻だったからキリスト教では不倫も自殺も罪人である。
 一方、日本人は「いい顔して死んでる、幸せそうだなぁ」と言ったのである。米国人にとってはテリブルな悲劇だったが、通訳官の反応には悲壮感がなかった。それは「愛の究極は死なり」と信じた二人は身体をしばり合い向こう岸へ渡って行ったのに過ぎない、という仏教的安らかさを感じたからではないだろうか。

死すら輪廻の一時的現象であると悟る仏教的な美

『楢山節考』ポスター画像

 1983年のカンヌ映画祭でグランプリを受賞した『楢山節考』(今村昌平監督)は世界中で上映されたが、ヨーロッパ人の中には日本はつい最近までこのような社会だったと思った人が多かったそうだ。うば捨て山はプラグマチズムの欧州人にとって、単なる不要物を捨てる行為としか映らないから非人道的悲劇だと思うのは無理もない。
 しかし「そろそろ行かねばなるまい」と決めたおりん婆さんが、息子におんぶされて山へ上る嬉々とした姿は、死は輪廻の一時的現象であると悟る仏教的な美が感じられる。おりん婆さんの心は誰かに教えてもらったのではなく、体で学んだ情感なのだ。だから悲壮感はない。正に人生劇の幕引きとして美しい演技ではないだろうか。

日本人老移民のセックス美学

 ここで半世紀近くさかのぼってサンパウロ州の地方都市と総領事館共催で日本週間を開催した時の話を聞いていただきたい。
 当時、外務省きってのブラジル通だった鈴木康之領事と私はイベント準備のために出張した。その晩、当地の日本人会役員たちと会食したが、ほとんどの人は高齢者だったので酒の席が自然と病気や薬の話になり、中でも一番若く見える最年長者に皆が若さの秘訣を質問したのである。
 すると彼は、ニヤッとして「食事の席でこんなこと言っちゃなんだが実はね、この数年毎日自分のオシッコを飲んどるのですよ」と言って続けた。「健康に良いかどうか分らんがアッチの方は若返りましたよ。この前、うちのかあちゃんの寝姿にムクムクっとして揺り起こしたら『あんた、あたしゃあ疲れてんだよ、そんなにやりたかったらお女郎さん買ってきな』なんて怒られましたよ」と笑った。
 そこで誰かが「それであんたゾーナ(赤線紅灯街)へ行ったのかい?」とからかったら、その回答が絶世の名言だった。 「そんなとこ行きゃせんですよ。うちのかあちゃんはね、あんな面しとるが、イク時にはえらく可愛いんじゃ」
 これが日本人老農夫のセックスシーンのセリフである。なんと美しい表現ではないか――。
 日本は美学の国である。(筆者は元在サンパウロ総領事館広報文化担当)

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