《記者コラム》検察が同性愛嫌悪の牧師捜査=憎悪発言への反感高まる中

福音派でバプテスト教会の牧師、アンドレ・ヴァラダン氏が2日に米国のラゴイーニャ・バプテスト教会で行った「クリスチャンの価値」に関する説教の内容がSNS上に拡散され、物議を醸している。
同氏はこの日の説教の中で、同性愛者ら(LGBTQIA+)のコミュニティに言及し、「聖書が非としている事柄を私達が普通のこととして扱う時、この扉(同性愛など)が開かれる。今は弦を元に戻して「ノー」という時だ。停止したり、リセットしたりできる」と発言。
さらに「神は殺し、全てを新しくやりなおしたが、神ご自身はご自身がなした約束の故にそれを行うことができない。(この問題は)あなた方の手に委ねられている」と語ったのだ。
この説教は同性愛嫌悪に基づく差別・憎悪発言であり、犯罪を促すものとして問題視され、「同性愛者らを殺せといった」「命をかばうべき牧師の発言か」といった批判が相次いだ。また、一部の連邦議員や人権擁護センターなどが検察に、同氏の発言の内容と犯罪発生の可能性について捜査するよう求めた。
他方、フラヴィオ・ボルソナロ上議は4日、「迫害が教会内に到来した。私達がまだ持っていた信教の自由の終わりの始まりだ」と発言し、ヴァラダン氏を擁護。同様の擁護発言を行った人は右派が多く、牧師の発言が右派と左派の間で新たな戦争を引き起こしたとの報道まで流れた。
だが、この問題は右派か左派かという問題以前の人の命や信条、人権に関わる問題だ。現代は同性愛者の脳の構造や性をつかさどる遺伝子の変化に関する研究が進み、男女の間の区別があいまいになりつつある。ヴァラダン氏の発言が様々な意味での多様性を擁護する傾向の現代社会において物議を醸すのは当然といえる。
もちろん、聖書が同性愛に関して言及していることは認める。だが、結婚式での誓いを破って離婚したとして、離婚した夫婦の信仰も否定し、教会から追い出すべきか、離婚したこと以上に信仰を守ることを重視し、教会内でケアすべきかという問題同様、より大きな目を持って祈り、準備していれば、説教の内容や物言いは変わっていたのではとの思いが湧いてくる。
ヴァラダン氏は自身の発言について、「文脈から外れた解釈をされた」と語っているが、連邦検察庁や連邦自治体レベルの検察は既に、同氏の説教は同性愛嫌悪行為の可能性があるとみて捜査開始を決めた。
人権省が3日に発表した「ブラジルにおけるヘイトスピーチ(憎悪発言)と過激主義と闘うための推奨事項に関する報告書」では、デジタル環境における民主主義促進の方法として、デジタル・プラットフォームと人工知能のための新たな規制の枠組みを作るよう推奨した。
憎悪発言や過激主義に対峙することは「人類が共存していくために、より民主的で安全なデジタル空間を支持し、人権への悪影響を軽減し、透明性を確保して、人間の尊厳を脅かす暴力行為に対する責任を実行・実現する」ことにつながる。
悪や過ちを放置することは間違いだが、神への信仰や正義への熱意が、神が愛しておられる人々への愛を損なわせることがないように願わされる。(み)
(8)https://www.poder360.com.br/poder-flash/flavio-bolsonaro-defende-pastor-evangelico-andre-valadao/