《記者コラム》アルゼンチン国民が欲しがる「魔法」

アルゼンチンの政界に激震が走っている。13日の大統領予備選で、これまで本命視されていなかった極右候補ハビエル・ミレイ氏が1位になったからだ。
この話を聞いてコラム子は「さも、ありなん」と思った。アルゼンチンは2001年にデフォルト(債務不履行)に陥って以降、この二十数年間で9度ものデフォルトを経験。インフレは現在も年間で100%に達するなど経済状況は混乱している。
この間、政権を担当したのは、現在のフェルナンデス政権を含む同国で伝統的な左派ポピュリズムのペロニズム系、そして前大統領のマクロン氏による保守勢力の両方だ。
どちらに政権を任せようが何も変わらない。そうなると国民の欲しがるものは「魔法」だ。これまでの常識では考えられないような方法論で国を泥沼から救ってほしい。いわば「救世主」が求められている状況だ。
ミレイ氏は、絶妙なタイミングでそこに飛び込んだ。「中銀を廃止する」「ペソをやめて通貨をドル化する」「公立学校を廃止する」などのアイデアは確かに他の国でも聞いたことのないような大胆なものだ。
ミレイ氏の行う自身のイメージ作り演出もユニークで、彼の選挙キャンペーンはさながら、米国の人気プロレス団体WWEの興行、もしくはロック・コンサートの様だ。会場にはヘヴィ・メタルが大音量で鳴り響き、ミレイ氏はベートーベンやエルヴィス・プレスリーを彷彿とさせる長いもみあげ、もじゃもじゃ頭で壇上に上がり、ダミ声で国の問題点を指摘し、聴衆を煽る。聴衆を煽る演説手法はヒトラーの時代から脈々と行われているものだが、それを最もエンタメ的に昇華している。
だが、彼の政治手法には大きな問題がある。ユニークな持論を主張するものの、彼の政治家経験はブエノスアイレス連邦議員でのわずか2年。その理論を試してうまくいった実績は何もないのだ。国民の生活がかかる国政の場は過激主張の「実験場」ではない。
その辺りを恐れられたか、ミレイ氏が予備選で勝利したというだけで、同国では20%という異例のドル高まで起きた。経済システムでも不安はあるが、ミレイ氏は左派国家を十把一絡げに「共産主義」と呼んで敵視しており外交上でも不安が残る。
さらに、予備選で勝利したとはいえ、当初本命視されていた保守派候補のパトリシア・ブルリッチ氏、現政権の後継候補のセルヒオ・マッサ候補との差は小さく、票が3分しているのが現状だ。選挙も2週間後や1カ月後ならミレイ氏が有利だろうが、2カ月あるのでまだわからない。
加えて、ミレイ氏が仮に当選しても、同氏の新興政党が議会で有利を保てるのかも全く不透明。そう簡単にはいかないだろう。(陽)