《記者コラム》急激に広まる顔認識システム=「治安対策の救世主」の課題

サッカー、カーニバルでも顔認識
最近あちこちの街角に街頭カメラが設置され、視線をこちらに向けているのが気になっている読者も多いのではないか。実はこれ、中国のファーウェイ社製の顔認識システムの防犯カメラが多く、サルバドールから始まりリオやサンパウロ市へとすごい勢いで普及されていると報じられている。
例えば27日付オ・ポーボ紙サイト「アリアンツ・パルケで顔の生体認証により1年で39人逮捕」(1)によれば、パルメイラスのサッカースタジアムでは入場門に《設置された顔認識は1年間運用され、裁判所から指名手配されている48人を特定するのに役立ち、そのうち39人が逮捕された。その中にはコカインを満載した飛行機で逃走した麻薬密売人も含まれている》と報じられている。この顔認識は23年に初導入されてこの成果を挙げ、25年からはスポーツ一般法で義務化される。
スポーツだけでなく、カーニバルでも導入されている。アンタゴニスタ・サイト26日付「ペルナンブーコのカーニバルはボディカメラと顔認証で警備強化」(2)によれば、ペルナンブーコ州のアレッサンドロ・カルバーリョ社会防衛局長は26日、カーニバル会場となるレシフェ地区へのアクセスポイントには顔認識技術が導入されると発表した。いわく「会場へのアクセス路である四つの橋のうちジラトリア橋は閉鎖し、残りの三つの橋全てで顔認識と全国逮捕状データベースとの照合を行う」と述べた。
ブラジル以外にも南米ではペルーのリマ、アルゼンチンのブエノスアイレスに加え、米国ニューヨーク、英国ロンドンなどの大都市が公安目的でさまざまな場所にこの種のシステムを採用した。最大の先進国は中国で、1億台を超える顔認識システムを組み込んだ世界最大の防犯カメラネットワーク「天網」が有名だ。
ブラジルで多くのケースが中国製だとわかるのは、導入開始期の19年頃の記事に書かれていたからだ。例えば19年1月18日付オリャール・デジタル記事「中国の顔認識システムは2018年からブラジルで試験中」(3)によれば、《今週、ブラジル連邦議員団が、市民の顔認識に使用される街頭カメラ・システムを輸入するために中国を訪れた。原則として中国の防犯技術はまずリオ州で導入される。
UOLテクノロジー報告書によると、このシステムはすでに昨年末からカンピーナス市とバイア州でテストされているという。カンピーナス市経済社会観光開発局長アンドレ・フォン・ズーベン氏によると、昨年だけで車両監視システムのせいで130人以上が拘束されたという》と報じられている。さらに《このプロジェクトを最初に発表したのは中国のファーウェイで、街中に設置されたカメラで撮影した画像に基づく顔認識プラットフォームを提案した。ファーウェイがカンピーナスで提供するソリューションは、中国で使用されているものと同じだ》と説明するので、やはり中国製だろう。

サンパウロ市だけで4万台のカメラを使って顔認識?
そもそもブラジルでは連邦政府が率先して顔認識を本人確認システムに取り入れている。連邦政府サイト「gov.br アプリで顔認識手順を実行するのに問題がありますか?」(4)にあるように、政府が提供するデジタルサービスを受けるにはアカウントが必要で、そのアカウントの最上級「ゴールド」、中級の「シルバー」には政府アプリをDLして顔認識する必要がある。
これをすると、ブラジル人が選挙の際の本人確認に使えたり、確定申告する際に前年に政府機関が取得したデータを参照してくれ、今年申請する申告票に予め書き込んだものを用意してくれるなどのメリットがある。
治安が悪いブラジルにおいては顔認識が公安対策の救世主だと期待されている。だから27連邦自治体全ての顔認識プロジェクトがあり、その総数は195件にもなると23年8月31日付アジェンシア・ブラジル「顔認識はブラジルのすべての州に存在」(5)で報じている。
プロジェクト数が最も多い州はゴイアス州で45件、次いでアマゾナス州の21件、パラナ州14件、サンパウロ州12件。このテクノロジーを使って逮捕された人は2019年から2022年の間だけで509件に上る。
そのうちの一つが、サンパウロ市のプロジェクトで大規模だ。2023年10月27日付フォーリャ紙「サンパウロ市の顔認識はデータセンターなしで1%のカメラから開始」によれば、サンパウロ市議会は同10月16日、市内全域に少なくとも2万台のカメラを配備する顔認識による防犯プロジェクト「スマート・サンパ」の運用開始を承認したと報じた。
その時点でサンパウロ市に設置された防犯カメラはわずか200台で、全てセントロ地域に設置された。このシステムはその時点で軍警、消防隊、CET(交通工学公社)、市警備隊(GCM)などのシステムと統合されていないが、2月までに情報を集約させる運用センターを開設する予定だ。
このスマート・サンパ計画用に購入される2万台の防犯カメラは、セントロに3300台、東部に6千台、西部に3500台、北部に2700台、南部に4500台設置される。メトロのセー駅だけで88台だ。だがリカルド・ヌネス市長は防犯カメラが最終的には4万台に達すると予想している。市の2万台に加え、民間店舗の防犯カメラ1万台や住民が地域に設置したカメラが接続されるようになるからだ。
市が入札に出した同計画に対し、CLDコンストルロラ社などが形成した企業コンソーシアムが980万レアルで応札して昨年7月に契約が結ばれた。同コンソーシアムは2024年中に2万台のカメラを設置するために1億2千万レアルの初期投資を行う必要がある(6)。
街頭ではなく、グアルーリョスなどブラジル国内の国際空港では2016年から、NEC社製の顔認識システムが国税庁によって採用されている。《このシステムは、国際線から降りる乗客の顔をスキャンして、不正行為の疑いのある人物を捜索する。目的は、すべての乗客ではなく、特定の乗客のみをより詳細な検査に導くこと》(7)とある。

人種によって異なる誤認識の割合が問題
治安改善の救世主ではあるが、「誤認識」という問題が残っている。しかも肌の色によって誤認識に差が生じるというややこしい問題があるようだ。
インターセプト2021年9月20日付記事「テクノ権威主義の台頭4」(8)によれば、《2019年に(バイア州)フェイラ・デ・サンタナでは、顔認識システムによって903件の逮捕警告が出されたうち、実際に逮捕したのはわずか3・6%に過ぎなかった。にも関わらず、バイア州政府はこのシステムを公安政策の大黒柱と考えている。2年半の間にこの技術によって215人のお尋ね者が逮捕されたからだ》とある。
防犯システムによって検出された顔と指名手配者データベース内の容疑者の顔との類似性が90%以上とアルゴリズムが判断すると警報が出され、「人間による分析」に回される。その場所に近い警察署員がその人物に接近するよう指示が出て確認することになる。
同記事には《この治安防犯ネットワークによる州調査では、ブラジルで顔認識によって逮捕された人の90・5%が黒人であることがすでに示されている。(顔認識システムの)アルゴリズムは社会の人種差別的偏見を再生産しており、その大規模な使用は、ブラジルで最も黒人の割合が高いバイア州で特に懸念されている。バイア州公安局が2019年に作成した報告書によると、サルバドールでのこの方法で逮捕された者の98・8%が黒人だった》と全国よりも比率が高くなる問題点が指摘されている。
顔認識のアルゴリズムを訓練する際、白人を中心に行うと黒人の顔認識を間違いやすくなり、それが「黒人は犯罪者が多い」という人種差別的な通念と合わさって、悲劇的な結果を生む可能性があるとの指摘もある。

ミレイ大統領が顔認識で抗議活動家を処罰

顔認識技術が治安向上に大きく貢献することは議論を待たないが、政府に対して批判的な特定の市民活動家の行動監視に使われるのではとの不安もささやかれている。
2018年1月9日付エルパイス・ブラジル版サイトに掲載されたホセバ・エロラ氏の記事「顔認識がジョージ・オーウェルの悪夢への道を開く」には、こんな例が掲載されている。
《最もよい例は、昨年ロシアで多くの物議を醸したFindFaceアプリ。ある人が携帯電話を取り出し、地下鉄で目の前の乗客の写真を撮る。このアプリケーションのアルゴリズムは、その画像をソーシャルネットワークVkontakte(4億以上のプロフィールを持つ)上の画像と比較し、70%の確率でその人物が誰であるかを知ることができる。ハラスメント(嫌がらせ、いじめ)が蔓延する時代には危険なツールだ》《テクノロジーは人々のプライバシーを脅かし、本『1984』で描かれたディストピアへの扉を開く。一方で、テロリストを攻撃直後に記録的な速さで特定できるようにもなる》と書かれている。
ジョージ・オーウェルのSF小説『1984』は、思想警察が徘徊し、「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョンと町なかに仕掛けられたマイクによって屋内外を問わず、市民の全ての行動が独裁者ビックブラザーによって監視されているディストピアを描いたもの。モデルとなった旧ソ連では発禁処分にされた。85年前に刊行されたにも関わらず、現代のテクノロー監視社会を予言しているかのような内容だ。
ブラジルでも22年7月8日付エスタード紙には「中国は人工知能を利用して活動を監視し、犯罪や抗議活動を予測」(9)とある。これはニューヨークタイムズ紙からの転載で、《中国に住む14億人以上の人々は常に監視されている。彼らの映像はいたるところに設置された警察のカメラによって記録されている。携帯電話は追跡され、購入履歴は監視され、オンラインでの会話も検閲される。今では中国人の将来さえも監視下に置かれている。
最先端のテクノロジーは、パターンや異常点を見つける目的で中国人の日常活動について収集した膨大なデータを精査し、犯罪や抗議活動の発生を事前に予測できることを約束している》と報じている。
ブラジルより先に顔認識システムが運用されているアルゼンチンのブエノスアイレスでは《「逃亡者顔認識システム」(SRFP)は、路上や地下鉄の駅に設置された300台の防犯カメラを備えたシステムで構成されている》(10)という。
ミレイ大統領はこのシステムを流用して抗議活動を封じ込めようとして波紋を呼んでいる。2023年12月19日付エザメ誌「ミレイは顔認識を使用して抗議活動を封じ込める」(11)では、《ここ数日、閣僚や政府代表は、道路を封鎖した者は罰せられると強調する声明を発表した。大統領府のマヌエル・アドルニ報道官は、貧しい家庭への現金援助などの給付金を受ける権利を失う可能性があるデモ参加者を特定するために顔認識カメラが使用されると説明した》と報じた。
システムは刃物と一緒で、使い方次第で善にも悪にもなる。国民がビックブラザーを監視、いわば「監視システムの監視」が必要だ。(深)