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《記者コラム》PB総裁交代劇が意味すること=「ジウマ時代再来か」で株12%暴落

2024年5月21日

プラチス総裁解任が発表された14日晩、一気に株価が落ちた様子
プラチス総裁解任が発表された14日晩、一気に株価が落ちた様子

数日で12%暴落したペトロブラス株

 先週14日晩、ルーラ大統領がペトロブラス(PB)のジャン・ポール・プラチス総裁を解任し、マギダ・シャンブリア氏を任命した。このことで、民営化された石油公社への政府介入が強まるとの恐れから、株価が当日だけで一気に6%、週では12・10%も暴落した。これは何を意味するのか。
 PBは鉱山エネルギー省に付属する混合資本企業で、国内最大なのはもちろんのこと、2023年の米フォーブスグローバル2000においても世界で58番目(1)に大きい上場企業としてランク付けされた巨大企業だ。

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マル・ガスパル氏のポッドキャスト(3)

 それに関して16日付CBNラジオで、18年間もPBを取材してきたジャーナリストのマル・ガスパル氏は、《マギダ・シャンブリアはルーラのペトロブラスに、ジウマのにおいをプンプンさせる》という興味深い内容を発表した。
 いわく、プラチス氏とシャンブリア氏の違いは、後者がアブリウ・エ・リマなどの石油精製所建設、肥料会社ウニジェル(Unigel)再建、造船事業再出発などの数々のルーラ大統領の要望に、より積極対応する意思を見せている点だと指摘する。
 「プラチス氏解任を決断した後、ルーラはそれをガブリエルとジウマに相談した。それが意味するのは、まさに過去見た映画をもう一回見させられる可能性が大だということだ。大統領はPBを使ってブラジル経済に巨額の資金を注入しようとするが、それは必ずしもPBや株主や国家にとっても利益を生むような投資ではない。さらには不必要な借金や過去に起きた横流しなどによってPBを再び経営破たんさせる危険性がある」と注意喚起した。

ルーラは中銀とPBで何をするつもりなのか

ルーラ氏から総裁解任されたプラチス氏(Agência Senado, via Wikimedia Commons)
ルーラ氏から総裁解任されたプラチス氏(Agência Senado, via Wikimedia Commons)

 「ガブリエル」とは次期中銀総裁と目されているガリポロ氏、「ジウマ」と言うまでもなく元大統領だろう。ここで〝同じ映画〟が意味しているのは、ジウマ政権当時のアレシャンドレ・トンビーニ中銀総裁が2016年、年間インフレが上限目標の6・5%を上回る7%となることが確実となり、通常の判断なら経済基本金利を上げるべきタイミングで、労働者党(PT)の圧力に屈して上げずにその後、深刻な不況に陥っていった件(2)か。加えて、PT政権が矢継ぎ早に打ち出す大型事業や福祉政策が増進させたインフレ率を強引に抑えるために、ジウマ大統領がPBにガソリン価格上昇を無理やり抑えさせ、経営破たんの瀬戸際まで追い込んだという筋書きを示唆している。
 2017年4月3日付インフォマネー記事《ジウマ氏のGDPは127年間で3番目に最悪で、「責任」の90%はジウマ氏にあるとリオ連邦大学調査が指摘》(4)にその件がズバリ指摘されている。
 いわく《ジウマ・ルセフ前大統領の政権は、1889年の共和国宣言以来、30期の大統領任期の中で経済面において3番目に悪い成績を収めた。マイナスの結果を生んだ原因の90%は「国家の失敗」によるものである。リオ連邦大学(UFRJ)経済研究所のレイナルド・ゴンサルベス教授の研究によると、失敗の原因は政策にあるとされている。「間違いを犯し、再び間違いを犯し、さらに悪い間違いを犯すことがジウマ政権の戦略的指針だったようだ」とこの学者は論文を締めくくった》とある。
 ガスパル氏は《前回のPT政権の頃とは国際情勢もブラジル自体もまったく変わった。それなのに、同じ人物が同じようなやり方で主導して、違う結果を生むとはとても考えられない》と分析する。「間違った映画」を見たい国民は少ないだろう。

セッチ・ブラジルなど聞き覚えのある名が蘇る

 アブレウ・エ・リーマ石油精製所――に聞き覚えのある読者も多いだろう。2015年1月1日付ニッケイ新聞《〃政界洗浄〃はいつの日か=ラヴァ・ジャットが暴き出す=世界でも稀な大規模汚職》(5)にあるように、ジウマ政権時代に連邦警察のラヴァ・ジャット(LJ)捜査で、巨額の投資計画の中から水増し請求や横流し、贈収賄などの汚職が多数摘発されて中断された有名な建設事業だ。元々巨額の事業だったが汚職などのせいで建設費が足りなくなり、未完のままどんどん建設費ばかり異常な膨らみ方をしていたことが発覚し、当時LJ捜査の焦点の一つになった。
 2015年6月27日付ニッケイ新聞《ブラジルは汚職で動いている?=ペトロロン摘発で経済悪化=生き残りをかける労働者党》(6)にあるように、「セッチ・ブラジル」という油田開発のための採掘船建造を目的として創設された事業でも、LJ捜査で同様に水増し請求や横流しや贈収賄などの汚職が見つかり、巨大事業が解体されて全て損失となった。
 それらには日本企業も多大な投資をしていたため、泣く泣く損失計上や撤退というあおりを受けたことは記憶に新しい。
 ガスパル氏は《造船業は過去、何度もブラジルに根付かせようとして、トラック何杯分もの札束を投資しては失敗する繰り返しだった。それなのに、過去に対する反省や新しい分析や展望もなく、PBの資金をただ突っ込むのでは『同じ映画』を見せられるのがオチ》とくぎを刺す。

2006年、リオ州アングラ・ドス・レイスでP52プラットフォーム命名式に臨むルーラ大統領とペトロブラスの従業員ら(Ricardo Stuckert/PR)
2006年、リオ州アングラ・ドス・レイスでP52プラットフォーム命名式に臨むルーラ大統領とペトロブラスの従業員ら(Ricardo Stuckert/PR)

 ウニジェルは経営破たんした肥料会社で、PB従業員組合が再建に強いこだわりを持ち、その経営者がアレシャンドレ・シルベイラ鉱山動力相と仲の良い間柄であることは有名だ。シャンブリア氏がその再建を約束したことは、市場関係者には悪い印象を与えている。
 そのようなジウマ時代に痛い目をみた事業を、ルーラ氏は再開すべく熱心にペトロブラスに働きかけていたが、プラチス総裁は「何をいまさら」と真剣に取り合ってこなかった。そこに、PB社歴が長い上にジウマ時代に原油庁長官に取り上げられるなど、PT政権に忠誠を尽くすことで知られるシャンブリア氏が、自分ならそこに力を入れると保証したことで白羽の矢が立てられたと、ガルパール氏は見ている。
 今回はプラチス総裁派の理事も解任され、ルーラ大統領とアレシャンドレ・シルベイラ鉱山動力相の後ろ盾を得たシャンブリア新総裁は、自分の親派を引き連れて経営審議会の新規一転を図ることになる。PBの最大株主である連邦政府は総裁の任命権を握っているとはいえ、民営化された企業であり、その経営に政府が大々的に口をはさむのは本来望ましくない。

ルーラ指名だけ特別扱いする最高裁判決

新総裁と言われるマギダ・シャンブリア氏(Fernando Frazão/ABr, via Wikimedia Commons)
新総裁と言われるマギダ・シャンブリア氏(Fernando Frazão/ABr, via Wikimedia Commons)

 ルーラ大統領やPBに絡んで5月に波紋を呼ぶ最高裁判決も出ていた。9日付ポデル360サイト記事《最高裁は国有企業法を討議するも、政府が任命した名前を継続》(7)によれば、公社人事に関する政治家指名を禁止する国有企業法(2016年法律13303号)の有効性を再確認した。ただし、23年3月に一部停止されていた期間に行われた任命人事はそのまま有効との玉虫色判決だった。
 国有企業法は、特定の政党や政治家の政治活動を手伝った人物は、36カ月間の空白期間を置かないと公社幹部に任命してはならないという規制(8)だ。今回の判決が玉虫色なところは、国有企業法は有効だが、ルーラ氏が行った指名人事だけは特別扱いにすると最高裁が認めたことにある。
 有力政治家が自分の手下を幹部としてPBに送り込んで利益をむさぼる構図は、LJ捜査で暴かれて大問題になった。それが暴露されたためにジウマ政権は人気を失って罷免まで持ち込まれ、次のテメル政権でこの国有企業法(Lei das Estatais)が制定された。
 それがあったために、PTと関係の深いペルセウ・アブラモ協会の会長を務めていたルーラ氏の長年の盟友アロイジオ・メルカダンテ氏を国立社会開発銀行(BNDES)総裁に、元々PTで北大河州選出上議だったプラチス氏を、ルーラ大統領は最初指名できなかった。
 それをルーラ就任3カ月後の2023年3月にリカルド・レヴァンドフスキ最高裁判事が同法令の一部差し止め命令を出して指名が可能になり、ルーラ氏を喜ばせた。レヴァンドフスキ氏は2006年にルーラ大統領の指名によって最高裁判事となった人物だ。2016年、ジウマ大統領罷免を裁く上院審議で、本来ならジウマ氏の政治生命はその後8年間にわたって失われるところを、独自の法律解釈を展開して救ったことで当時波紋を呼んだ。
 そのレヴァンドウスキ判事が昨年4月に最高裁を定年退職し、長年のPT貢献が評価されるかのように今年2月に法務大臣に任命された。

「専門的に判断する」と強調しながら怪しい現実

 そもそも現在の最高裁判事11人中、過半数の7氏がPT指名だ。ルーラ指名は彼の個人弁護士だったクリスチアーノ・ザニン、元共産党のフラビオ・ジーノ前法相、カルメン・ルシア、ジアス・トフォリの4氏。ジウマ指名がルイス・フックス、「我々はボルソナリズムを打破した」と昨年7月に明確に偏った左派宣言をするという問題を起こしたあと最高裁長官に就任したルイス・バローゾ、ルーラ無罪の発端を作ったエジソン・ファキンの3氏だ。
 23年7月18日付本欄《「ボルソナリズムを打破した」で波紋=「最高裁は公正」という幻想》(9)で書いた通り、司法の最高機関・最高裁において「完全な法的中立性が保たれている」「誰が指名したかとは関係なく、判事全員が公正な判断をしている」と思っている人は、かなりのお人よしではないか。
 先日の10日付《基本金利=引き下げペースを減速=0・25%p減止まり=インフレ巡り見解分裂》(10)にある通り、同じく金融の最高機関・中央銀行の通貨政策委員会(Copom)においても、ボルソナロ政権時代に選ばれた委員5人と、PT政権になってから新任された4委員で真っ二つに分かれた。
 本来なら金融専門家としての技術的な要素の分析で判断が分かれるはずだが、結果としてそうなっていない。これが現実だ。

JL捜査がひっくり返される流れはどこまで

 LJ捜査がひっくり返されてルーラが復権した流れは、ボルソナロ大統領選敗北、デルタン・ダラニョル下議の罷免やセルジオ・モロ上議の罷免審議にまで進展すると同時に、かつてのPTばらまき経済政策というジウマ時代復活を予見させる流れにまで進展してきている。
 PB新総裁が推し進めそうな数々の案件の中で、今後、最も論争を呼びそうなのは赤道地帯アマパー沖合油田開発だ。23年6月6日付本コラム《政治を裏から動かす石油利権=アマパー沖に眠る天文学的財産》(11)で詳しく書いた。
 いわく《「ブラジルの1年間の国内総生産の半分に相当する金額分の原油がそこに眠っていると、ペトロブラスは試算している。そのロイヤリティたるや、アマパー州民の生活を根本から変えるだろう。そんな天文学的な資金を、地元政治家が指をくわえて見ている訳がない」――CBNラジオでジャーナリストのカルロス・アルベルト・サルデンベルグは5月25日午前8時過ぎ、マリナ・シルバ環境相がPT政権内で孤立する様子の背景を、そう解説した》
 ルーラ大統領と鉱山動力相は表面上、環境政策重視を打ち出しつつ、水面下では懸命にこの案件を進めようとしている。
 ガスパル氏がいう通り、地球規模の気候変動が引き起こした可能性がある南大河州大水害の真っ最中に、さらなる大規模油田開発を進める人物をPB総裁に任命するという人事は、マリナ・シルバ環境相はもちろん、いずれPT内部からも批判を呼ぶかもしれない。LJへの揺り返しに対し、「揺り返しの揺り返し」の動きの兆しも出始めている。(深)

(1)https://www.forbes.com/companies/petrobras/?sh=189f08892dea

(2)https://www.correiobraziliense.com.br/app/noticia/economia/2016/01/20/internas_economia,514557/tombini-se-curva-a-pressao-do-pt-e-banco-central-deve-manter-juros.shtml

(3)https://cbn.globo.com/podcasts/malu-gaspar-conversa-de-politica/

(4)https://www.infomoney.com.br/mercados/dilma-teve-3o-pior-pib-em-127-anos-e-e-responsavel-por-90-da-culpa-diz-estudo-da-ufrj/

(5)https://www.nikkeyshimbun.jp/2015/150101-a1especial.html

(6)https://www.nikkeyshimbun.jp/2015/150627-k1especial.html

(7)https://www.poder360.com.br/justica/stf-valida-lei-das-estatais-mas-mantem-nomes-indicados-pelo-governo/

(8)https://g1.globo.com/politica/noticia/2024/05/09/maioria-do-stf-vota-para-validar-restricoes-a-indicacoes-de-politicos-em-estatais.ghtml

(9)https://www.brasilnippou.com/2023/230718-column.html

(10)https://www.brasilnippou.com/2024/240510-12brasil.html

(11)https://www.brasilnippou.com/2023/230606-column.html


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