JICA協力隊員リレーエッセイ=ブラジル各地から日系社会を伝える=(39)=デイサービス通じより健やかな生活を=サンパウロ日伯援護協会=柴﨑郁美

あるものを縫わなければならず、私が働いている施設の一角にミシンがあることを思い出し、出してみた。
それはとても古めかしいというか、アンティークで可愛らしいミシン。後ろ縫いの機能もなく、また懐かしいことに下糸はボビンケースに入っていた。
このミシンは、日本からはるばる移民家族とともにブラジルへやってきたのか、それともこちらで奥様のためにご主人が購入されたのかと、あれこれ思いを膨らませる。
ここリベルダーデ、日伯援護協会福祉部の倉庫にあるということは、日系1世や2世の方々の手を渡り私の前にいるのでしょう。そんなミシンを地球の裏で触ろうとは、思ってもみなかった。
ただ長さ調整とのれん仕様にするだけの簡単なミシンかけなのですが、このタイプのミシンの上糸のかけ方は…と悩んでいると、デイサービスを利用されている諸先輩方の目に留まる。眼鏡をかけ直して目を凝らし、糸立て棒から天秤に渡り複雑に糸を上下させ、最後にミシン針へ試しに踏んでみると、勢いよく前に進みます。まだ現役のミシンの音に愛おしさを感じ、そして現在のミシンより複雑な糸掛けを、スルスルとこなす諸先輩の姿に尊敬の念を感じます。

昨年11月末に作業療法士としてブラジル・サンパウロへと赴任し、半年が過ぎました。ブラジルでの私の活動の大きな目標は、日伯援護協会のデイサービスを通じ、日系高齢者の方々がより健康で健やかに生活が送れるよう指導・助言・援助を行うという壮大なテーマ。ブラジルには介護保険制度がなく、生活に援助が必要となれば家族がそれを担わなくてはなりません。家族は退職せざるを得なくなるなど、お互いが負担を被ります。そのため高齢者本人とその家族は、共に元気で健康的な生活を末永く送ることを、心から望まれているのです。
日伯援護協会リベルダーデ・福祉デイサービスの会員は、年齢が60歳以上であること、そして施設まで自力で移動ができる方が対象のため、まだまだ元気な方ばかり。しかし、腕にギプスを付けて来られる方や「この前ね、坂路で転んじゃったのよ」と足を引きずり、杖をついて来られる方もいらっしゃいます。
私が行っている大切な仕事の一つに「Bem-estar (Well-being)、いくつになっても自分の足で」という活動があります。毎週健康に関するトピックを挙げ、知識の提供と対応する運動を紹介しています。
デイサービスに来られる方たちは、健康に関して知識を得たいと思っている方が多く、非常に前向きな国民性でもあるため、会話中もポジティブな反応を感じます。

私は作業療法士として、リハビリの視点から高齢でありながら健康で過ごすためのアドバイスを行います。
参加する方々は熱心に写真を撮り、メモを取り、私の言葉に耳を傾けてくださいます。20回のセッションで1クール(約5か月間)。もうすぐ1クールが終わりますが、「もう1度この教室に来たいんだけど‥」という声が聞けてとてもありがたく思います。
そして、もっと理解しやすい話し方や、資料の作り方はこれでいいのかと思いを巡らせ、身が引き締まります。
私一人の小さな力で、大きなブラジルを変えることはできませんが、私とかかわる方々が少しでも健康で元気に、自信をもって年齢を重ねることができたなら、私はここに来た意味を感じられるでしょう。
そんなビジョンを持ち、あと1年半のブラジルでの活動を深め、少しずつ前に進みたいと思います。