【2026年新年号】多極化する世界におけるブラジル外交=米中対立の狭間での中立性維持=ブルータイドの中で地域統合へ
米中の覇権争いや地政学的緊張が激化する中、ブラジルは多極化する国際秩序で独自の外交的立ち位置を模索している。中国との経済関係は拡大を続ける一方で、米国が中南米への関与を再強化し、ブラジルを安全保障と供給網再構築の要として位置づけつつある。加えて、隣国ベネズエラ情勢の不透明感が高まる中、ブラジル外交は多方面からの圧力と新たな機会が交錯する複雑な局面にある。こうした環境下で、ルーラ政権は米国との通商協議、BRICSでの発言力強化、地域政治の調整を組み合わせ、国家利益の最大化を図る慎重かつ多層的な外交姿勢を維持している。
多極化時代のブラジル・中国関係の戦略的余地
世界的な権力構造が急速に流動化し、国際政治の軸が大きく揺れている。元財相で経済学者のパウロ・ゲデス氏は、現代の世界情勢を「保守主義の津波が押し寄せている」と表現し、地政学的リスクの増大と民主主義の脆弱化を指摘。このような急激な変化は、ブラジルにとっては単なる外交的な制約だけでなく、新たなチャンスをも提供しているといえる。(1)
ブラジルにとって特に重要なのは、経済大国としての立場を強化し、変動する世界秩序に適応することだ。中国は引き続きブラジル市場で影響力を強め、鉱業や農業を中心に投資と技術協力が拡大。輸出入に占める中国の比重は増し、経済的結びつきが深まっている。
一方、政界内では単一国依存への警戒感が強まり、国際的なデリスキング(特定国への経済的依存を減らし、多様化を図る動き)の風潮を見据えた柔軟な戦略が求められている。(2)また、中国の中南米での影響力拡大に懸念を示す米国を意識し、ルーラ政権は多国間の枠組みを活用しつつ、均衡外交を進めている。
米国の「裏庭」再定義、鉱物資源でブラジルに接近
米国は中南米を戦略圏として再定義し、経済・安全保障面での関与を強めている。トランプ政権が掲げる新たな国家安全保障戦略(NSS)は、批判的な論者の間では「中南米を再び米国の裏庭とみなし始めた」と評価され、19世紀のモンロー主義を現代的に再構築したものとされている。(3)こうした動きはブラジルへの接近として具体化しており、通商交渉・投資協議を通じて米国の存在感は確実に拡大している。
米国の関心は、ブラジルが保有するレアアースなどの重要鉱物にも及ぶ。元WTO事務局長ロベルト・アゼヴェド氏は、米国がレアアースの中国依存を減らすために供給網の再構築を進める中で、ブラジルを「安全な優先パートナー」と位置づけ、鉱物や加工分野での協力を模索していると指摘し、ブラジルの戦略的重要性が一段と高まっている現状を強調する。(4)(5)
もっとも、米国の対ベネズエラ政策はブラジル外交に一定の制約も課している。ベネズエラ情勢はブラジルにとり、治安・移民・エネルギー協力にまで波及する重大課題だ。3日の米国によるベネズエラ侵攻に対し、ルーラ氏は非難を表明したが、ブラジルと米国の接近が進む中、強圧的措置には距離を置いている。また、トランプ氏が地域での影響力を強め、今年のブラジル大統領選への干渉が進む可能性も懸念されている。マドゥロ氏の拘束を受けて政局は混迷し、後継問題で不確実性が増す中、ブラジルは地域安定の調整役として慎重な外交姿勢を維持している。(6)
中南米で拮抗する左右勢力、変容する地域バランス
中南米では近年、治安悪化や経済停滞を背景に右派・中道右派政権への交代が相次ぎ、地域全体に「保守化の波(ブルータイド)」が広がっている。(7)特に、アルゼンチンのミレイ大統領は、市場原理主義的改革と対米接近を掲げ、中国との関係を「戦略的提携」から「限定的・取引的関係」へと再調整する姿勢を示す。
ボリビアでは長年続いた社会主義運動党(MAS)の左派体制に対する国民の疲労が顕在化し、中道右派勢力が台頭。エクアドル、エルサルバドル、ペルー、チリなどでも治安対策や市場改革を掲げる右派政権が誕生し、右派的潮流が強まっている。
これらの変化は、中南米の地域協力枠組み「ラ米・カリブ諸国共同体(CELAC)」の一体性を弱める要因となっている。CELACは、米国とカナダを除く米大陸33カ国が加盟し、政治的な協力と対話を促進するために設立されたが、加盟国間での外交路線の対立が深まり、共通外交政策の形成がますます困難となっているのが現状だ。専門家は、地域協調の希薄化が国際交渉力を低下させ、域内統合に不確実性を招くと警告している。(8)
ブラジルは左派政権としての価値観を維持しつつ、右派化が進む近隣諸国との調整を迫られている。特にアルゼンチンの急進的自由化との路線対立が顕著で、南米4カ国の関税同盟であるメルコスルの運営では自由化の速度や共通関税(TEC)の引き下げ、欧州連合(EU)との自由貿易協定(FTA)に関する立場の違いが浮き彫りになっている。
さらに、メルコスル自体の制度疲労が進み、ブラジルは国内産業保護と地域市場拡大の調整を求められている。アルゼンチンの方針は、ブラジルの「段階的緩和」路線と対立しており、この溝は依然として埋まらないままだ。中南米の右派政権諸国の変動は、単なる政権交代にとどまらず、地域統合、対米中関係、南米内部のパワーバランス全体に波及する構造的変化を引き起こしている。
BRICS通じて米中交渉の戦略的優位狙う
新興国経済協力体であるBRICSは、加盟国の拡大を通じて国際政治での存在感を増しており、ブラジルはその枠組みを通じて、農業・資源大国としての優位性を活かした戦略を進めている。特に、鉄鉱石や大豆、戦略鉱物といった資源の供給を巡る交渉力は、BRICS内でブラジルの発言力を強化する重要な要素となっている。
ブラジルは、BRICSを通じて米中双方への影響力を行使することを目指しており、BRICS内での発言力強化により、ブラジルは米国や中国との通商交渉において柔軟かつ戦略的な立場を維持することが可能となる。
BRICSの拡大は、南南協力や新興国間の連携強化にも直結する。ルーラ政権は、多極化する国際秩序の中で、地域的利害を踏まえつつ、農業・資源国としての影響力を発揮することで、ブラジルの外交的プレゼンスを高める狙いを明確にしている。(9)
変動する国際秩序の中で
複数の圧力と機会が交錯する中、ブラジル外交には二者択一ではなく、均衡を重視した多層的な対応が求められている。ルーラ政権は、国内経済の強靭化と外部環境の変動を見据え、米国・中国・地域諸国との関係を巧妙に組み合わせることで国益最大化を図っている。揺らぐ地域秩序の中で、ブラジルが主導的な立場を維持できるかが、2026年の大きな焦点となるだろう。(平元麻依子)
【参考記事】
(3)https://brasilnippou.com/ja/articles/251209-41mangekyou
(4)https://diplomatique.org.br/a-geopolitica-da-transicao-energetica-e-militar-baseada-na-mineracao/(11月14日)









