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先達の汚名をそそぎ、歴史書き直す=政府謝罪と『群星』が灯した真実の光=沖縄系社会が成し遂げた記録《編集長コラム》

2026年3月10日

来社した『群星』の皆さん、前田隆雄さん、島袋栄喜代表、宮城あきら相談役、新里哲夫編集長
来社した『群星』の皆さん、前田隆雄さん、島袋栄喜代表、宮城あきら相談役、新里哲夫編集長

 ブラジル沖縄県人移民研究塾が発行する同人誌『群星』第11号は、単なる同人誌の枠を超えた、ウチナーンチュの魂の記録だ。なお「群星」は沖縄の言葉で、スバル星団のような「星の集まり」を意味し、転じて「多くの人が集まり、共に輝く」を表すという。

 第11号では220ページもかけて、2024年7月25日にブラジル連邦政府が第2次世界大戦中および戦後における日本人移民への人権迫害を公式に謝罪したという、歴史的転換点を鮮烈に描き出している。

 本書を貫くのは、当時の編集長・宮城あきらさんの執念とも呼ぶべき情熱と、名もなき移民たちの「語られなかった記憶」を歴史の表舞台へと引きずり出そうとする強固な意志だ。

 

 闇に葬られた「サントス強制退去」の悲劇

 

 本書の中核を成すのは、大戦中の1943年7月8日に人知れず起きた「サントス強制退去事件」の真相究明だ。当時のヴァルガス独裁政権は、サントス沿岸部に住む日本人移民に対し、「わずか24時間以内に街を退去」することを命じた。軍靴の音に急かされ、それまで汗と涙で営々と築き上げてきた財産を捨て、着の身着のままで内陸部へと追放された移民たちの苦難は、想像を絶する。

 宮城さんが特に強調するのは、この事件が長年、日系社会の「集団的トラウマ」として沈黙の中に封印されてきた事実だ。2016年に松林要樹監督が発見した「585家族の名簿」は、その約6割が沖縄出身者であったという事実を突きつけた。宮城さんはこの発見を機に、「生存者と子孫家族の証言」を丹念に拾い集めていった。

 

謝罪の瞬間。左側に並ぶ宮城あきらさんや奥原マリオ純さん、沖縄県人会の皆さんら申請者に向かって、謝罪の言葉を述べるエネア・アルメイダ委員長
謝罪の瞬間。左側に並ぶ宮城あきらさんや奥原マリオ純さん、沖縄県人会の皆さんら申請者に向かって、謝罪の言葉を述べるエネア・アルメイダ委員長

 アンシエタ島の拷問と「負の遺産」の告発

 

 本書には、強制退去に続くさらなる悲劇、アンシエタ島での拷問の記録も収められている。戦後、172人の日本人移民が同島の矯正収容所に送られた。当時の警察による勝ち組弾圧の中で「日の丸を踏んだら釈放してやる」などと言われ、それを拒んだために拷問を受けた者がいたことも明らかになり、日系社会の深い傷跡として残っている。

 宮城さんは、これらの事実が公式の記念誌においてさえ「ほとんど何も見つからなかった」と指摘し、日系社会のメディアや研究機関がそれまで避けてきた「負の遺産」に敢えて光を当てた。この姿勢こそが、同誌を権力に抗う「証言の砦」たらしめている。

 

 宮城あきらさんが放つ「歴史の正義」

 

 謝罪表明がされた式典への出席を願いつつもその2週間前に惜しくも亡くなった被害者・比嘉ユウセイさん、その息子レオネルさんの声として「父が存命のうちに謝罪がなくて悔しいけど、今ごろ天上で涙ながらに踊っている父の姿を思い描いて涙を流した」と、宮城さんは謝罪の歴史的意義を記した自らの文章に紹介した。

 宮城さんは、今回の政府謝罪を「人類史普遍の真理に反する独裁政権の歴史的過誤を整序」するものと定義する。彼にとって、これは単なる過去の清算ではない。「ブラジル連邦政府が先駆者たちに被せた

『スパイ通報』の汚名を謝罪し名誉を回復したこと」を礎に、未来への新たな指針を打ち立てるための儀式でもある。

 宮城さんは、この公式謝罪を「決定的な区切り」とし、そこから「日本人移民史の歴史構成を抜本的に問い直し、日本人移民の歴史を書き直していくこと」を焦眉の課題として掲げる。

 

 歴史的謝罪をめぐる重層的な声

 

 本書の120頁から162頁にわたる「感想と意見」には、長年「スパイ」という不当な汚名を着せられ、沈黙を強いられてきた日本人移民とその子孫たちが、国家の謝罪によっていかに魂の解放を得たかが綴られている。

 宮村秀光さんは、父の日記を解読する中で、サントス強制退去事件に関して「今に見ておれ」などの記述を見つけ、父の無念に想いを馳せたという。宮村さん本人もその事件の直後にパラナ州で出生した。母の胎内で経験したとも言える。

 かつては「敵性国民」として差別されるのは「戦争の結果だから当然だ」という諦念が日系社会に漂っていた。しかし宮村さんは、父の克明な記録を通じて「当時の移民たちの生身の感情」こそが事件の本質であると悟る。宮村さんは、日系社会におけるこの歴史の風化を危惧し、謝罪を機に「知識を後世に伝える責任」を改めて強調している。

 沖縄移民の孫として育ったある執筆者は、ブラジリアでの式典出席を「象徴的な行為以上の、魂からの呼びかけ」であったと振り返る。かつて海辺の町で誇りを持って生きていた先祖たちが直面した迫害の痛みを、今こそ「聴くこと」が癒やしそのものであったと述べ、この謝罪が過去・現在・未来の全世代を繋ぎ、負の記憶を昇華させる契機になったと証言している。

 今号より宮城さんから編集長を引き継いだ新里哲夫さんは、日系社会の中にあった「寝た子を起こすな」という慎重論に言及した。現在のブラジル社会での高い評価を背景に、過去の悲劇を掘り起こすことを恐れる声もあったが、新里さんは「今こそが最良のタイミングである」と説く。時間が「薬」となり、日系社会が成熟した今だからこそ、歴史という深い湖の底に沈んでいた不条理な事実を透明な視線で直視し、正義を正すことが可能になったのだと分析している。

 式典でエネア・アルメイダ恩赦委員会委員長が「ブラジル政府は許しを求めます」と深々と頭を下げた瞬間、参加者たちは「歴史的正義が果たされた」と確信した。これらの声は、公式謝罪が単なる政治的解決ではなく、個々人の尊厳を取り戻すための新たな出発点であることを示している。

 

日系コミュニティ全体で政府謝罪を祝う祝賀会での乾杯の様子
日系コミュニティ全体で政府謝罪を祝う祝賀会での乾杯の様子

 日系コミュニティ全体で政府謝罪を祝賀

 

 式典の2週間後、8月9日には沖縄県人会会館で、ブラジル政府正式謝罪祝賀会が開催され、在サンパウロ総領事を始め、日系代表5団体会長ら約200人が集まって、日系コミュニティ全体で祝った。

 当時の沖縄県人会会長だった高良律正さんは、当日やむおえず欠席した恩赦請求の中心人物、奥原マリオ純氏の想いを代弁し、ドキュメンタリー映画『沖縄・サントス』を制作して、この運動を盛り上げた松林要樹監督の貢献を強調した。

 清水享総領事は「日本政府は、ブラジル人権・市民省の恩赦委員会による審議の動向を注視してまいりました」と前置きし、これを機に「日系社会の皆様に改めて深い敬意を表するとともに、今後、日伯両国の関係が一層強化されていくことを心から願っております」との祝辞を述べた。

 審議にも出席したブラジル日本都道府県人会連合会の谷口ジョゼ会長は、「個人として参加したのか、県連会長として参加したのかと尋ねる人がいたが、私は県連会長として出席した」と明らかにした。終戦当時、勝ち負け抗争が起きた町の一つツッパンで幼少期を過ごした谷口さんは「私の家には古い写真が残っています。若い頃、私は母に尋ねました。『この写真は何?』と。すると母は答えました。『これはアンシェタ島に収容された人たちの写真よ。お父さんは、隠れることができたから捕まらなかったのよ』と」と個人的な経験を吐露し、審議出席した理由を説明していた。

 ブラジル日本文化福祉協会の山下譲二評議員会会長は「高良会長とその理事会によって開催されたこの機会は、まさに『聖なる時』であり、『尊い時』です。ブラジリアでの歴史的な成果は、私たち自身のために、次世代のために、そして人と人との関係のために、深く考える契機となるべきものです」と公式謝罪を意義づけた。

 

 沖縄系コミュニティの底力と継承への意志

 

 翻って考えるならば、このような緻密で情熱的な誌面が編纂されたこと自体、ブラジルにおける沖縄系コミュニティの底力の強さを証明するものに他ならない。ボランティア精神に基づいた研究塾が、国家を動かすほどの調査を完遂し、その成果を一冊の重厚な書物に結実させた事実は、驚嘆に値する。

 そこには、自らのルーツである先祖の歩みに寄せる、理屈を超えた深い知的好奇心と愛情が横たわっている。かつて棄民同然に扱われ、異郷の地で沈黙を強いられた先祖たちの「無念」を、自分たちの代で「光」へと変えようとする、強烈なアイデンティティの証明だ。

 『群星』代表の島袋栄喜さんの言葉の端々からは、「私たちはまだ生存している少数の方々に、政府が誤りを認めることを望んでいる」という切実な願いを現実のものとした自負と、それを一過性の事件に終わらせまいとする鋼のような意志が感じられる。「歴史の真実」とは、権力者が作るものではなく、記憶を繋ごうとする人々の手によって守られるものであることを、彼らは本号をもって示した。

 

『群星』11号表紙
『群星』11号表紙

 書き直される歴史

 

 『群星』第11号を読んだ読者は、歴史とは過去に固定されたものではなく、現在進行形の闘いであることを知る。宮城あきらさんが率いてきたブラジル沖縄県人移民研究塾の活動は、一地域の同好会の域を遥かに超え、国家の不正義を認めさせ、人間の尊厳を奪還する「歴史創造の拠点」となっている。

 恩赦委員会に出席するためにサンパウロ市から約60人がバスツアーで向かったが、その帰りの途上、車中の感想会で新城安昭(あらしろやすあき)さんは、「群星の精神により、われわれ一人一人の小さな星の塊が大きな星の塊となって光り輝き、我々の目的を達成した素晴らしい日でした」と語り、それを聞いた宮城さんは胸を熱くしたという。

 日ポ両語で記された本書は、歴史掘り起こし運動の勝利の記録であると同時に、亡き先達たちへのこの上ない鎮魂歌だ。

 本書は、沖縄県人会事務局(電話11・3106・8823、brasil@okinawa.org.br)で100レアルで販売中だ。関心がある人は、21日に同県人会で開催される第1回学習会に参加し、議論を深めるのもお勧めしたい。宮城さんが呼びかける「日本人移民史の書き直し」は、今ようやくその緒に就いたばかりであり、その松明は確実に次世代へと手渡されている。現代社会が直視すべき普遍的な問いを内包した一冊として、本書を広く推奨したい。(深沢正雪)


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