追い風を「実利」に変えられるか?=資源大国を揺さぶる地経学の荒波=米中欧の三つ巴の次世代資源争い《編集長コラム》
世界の資源・エネルギー市場の視線は、かつてないほど真剣な眼差しでこの南米の巨人に注がれている。わずか数年前まで、ブラジルは「鉄鉱石と大豆の巨大な供給所」という、伝統的な資源国としての評価に甘んじていた。
しかし、この1年の間にその地位は劇的に変化した。今やブラジルは、世界のエネルギー転換(エネルギートランジション)と地政学的デカップリング(分断)において、代替不可能な「戦略的ハブ」へと昇華した。
本稿では、世界の資源争奪戦においてブラジルがなぜこれほど注目を浴びるようになったのか、その背景にある地経学(地政学に経済安全保障の概念を取り入れた思考、英語:geoeconomics)的なパラダイムシフトと、焦点となっている次世代資源を巡る「米・中・欧」の三つ巴の闘争を深掘りしたい。
(1)米・中・欧が火花を散らす「三つ巴」の資源外交
現在、ブラジルを舞台に、米国、中国、そして欧州連合(EU)による前例のない資源争奪戦が展開されている。これは単なる経済取引ではなく、21世紀の覇権を左右する「戦略的自律」をかけた戦いだ。
【中国の圧倒的な先行とサプライチェーンの支配】
中国はすでにブラジルの最大貿易相手国としての地位を固めている。2024年の統計によれば、ブラジルの輸出総額3370億ドルのうち、30・7%にあたる約1030億ドルが中国向けだ。
中国は単に資源を買い叩くだけでなく、送電網、港湾、鉄道といったインフラへの巨額投資を通じて、資源の「出口」を支配する戦略をとっている。特にEV(電気自動車)産業において、中国勢(BYDやGWM)の進出は凄まじく、ブラジルを南米の生産・輸出拠点に塗り替えようとしている。
【米国の猛追:民主主義のサプライチェーン構築】
これに対し、米国は「デリスキング(リスク低減)」の旗印のもと、ブラジルを中国依存から引き剥がそうと躍起になっている。13日付本紙(brasilnippou.com/ja/articles/260213-41mangekyou)にある通り、ケイレブ・オール米国務次官補(経済・エネルギー・環境担当)は、ブラジルを「重要鉱物における極めて有望なパートナー」と位置づけた。
米国が主導する「鉱物資源安全保障パートナーシップ(MSP)」にブラジルを深く関与させることで、希土類(レアアース)やリチウムの供給網から中国を排除しようとする動きが加速している。米国にとってブラジルは、価値観を共有する「ニアショアリング」の最有力候補だ。
【EUの起死回生:グリーン水素と脱ロシア】
一方、EUの関心は「エネルギーの脱炭素化」と「脱ロシア」にある。トランプ政権の高関税政策に背中を押されるように20年来の懸案だったEUメルコスルのFTA協定は一気に進んだ背景には、この部分が大きいと言われる。
ロシアによるウクライナ侵攻以降、エネルギー安全保障の再定義を迫られた欧州にとって、ブラジルの広大な国土が生み出す再生可能エネルギーは救世主となった。ドイツやオランダは、ブラジル北東部の港湾と連携し、クリーンな「グリーン水素」の輸入ルート確立を急いでいる。
(2)焦点となる「戦略的鉱物」:リチウム、ニオブ、そしてレアアース
この三つ巴の戦いにおいて、具体的な「戦利品」となっているのが以下の次世代資源だ。
【グリーン・リチウムの衝撃】
ミナス・ジェライス州の「リチウム・バレー」は、世界で最も注目される採掘現場の一つとなった。ブラジル産リチウムの強みは、その「クリーンさ」にある。排水の100%再利用や化学薬品の不使用を謳う「グリーン・リチウム」は、環境意識の高い欧米市場で、中国産リチウムに対する強力な差別化要因となっている。
【ニオブという最強のカード】
ブラジルが世界シェアの約92%を独占するニオブは、航空宇宙、防衛、次世代電池のキーデバイスだ。本紙12日付(brasilnippou.com/ja/articles/260212-41mangekyou)にある通り、サンパウロ大学(USP)の研究チームは、従来は電池材料として安定利用が難しいとされてきたニオブの反応性を制御し、約3ボルト級の機能電池を開発した。実験室段階を超え、産業応用を見据えた試験も始まっている。
世界のEV戦略を根底から変える可能性を秘めているの報道もあり、注目される点だ。
【レアアース:中国独占への挑戦】
英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙(www.ft.com/content/4a6a6245-b2b1-44d6-9a22-bacdf8e9b44e)が報じた通り、西側諸国にとってブラジルのレアアース開発は、中国の輸出規制に対する「防波堤」だ。ブラジルは世界第2位のレアアース埋蔵量を誇りながら、長らく未開発であった。現在は米国の支援を背景に、商業生産に向けたプロジェクトが急ピッチで進んでいる。
(3)「エネルギーの矛盾」を武器にするルーラ政権の均衡外交
ブラジルの地経学的地位を強固にしているのが、その「二面性」外交戦略だ。
ブラジルはプレサル油田を擁する世界有数の産油国でありながら、国内電力供給の約80%以上を再生可能エネルギーで賄う「クリーン・エネルギー超大国」でもある。
ルーラ大統領はこの矛盾を逆手に取り、化石燃料で得た資本をグリーン水素やバイオ燃料の技術開発に再投資する戦略をとっている。2024年のG20リオ首脳会談や、2025年にベレンで開催されたCOP30を通じ、ブラジルは「グローバル・サウスの盟主」として、米中どちらの陣営にも属さない「戦略的自律」を確立した。
*2024年G20リオ宣言:「エネルギー転換」を柱とする新国際秩序を提唱
*グリーン水素投資:世界銀行がペセム港のハブ構築に対し1億3400万ドルの融資を承認
(4)製造業の「回帰」と新産業化政策
資源の豊富さは、製造業の国内回帰(ローカライゼーション)を促している。ブラジル政府の「新産業化(Nova Industria Brasil)」政策は、資源の輸出を認める代わりに、国内での電池生産や車体組み立てを求める強硬な姿勢を見せている。
*トヨタ:2030年までに計110億レアルを投資。2026年には電池生産を開始。
*BYD:バイア州に55億レアルを投じ、中国以外での初の本格生産拠点として稼働。
*ステランティス:南米史上最大の300億レアルを投資し、ハイブリッド車を投入。
(5)投資家が注視すべき「内なるリスク」:司法と金融の不透明性
華々しいデータの裏側で、ブラジル固有のカントリーリスクも高まっている。直近では、大手金融機関「マスター銀行」を巡る不正疑惑の捜査において、最高裁の報告官が突然交代するという異例の事態が発生した。
ただでさえ緊張が高まる大統領選挙の年における、こうした司法の聖域における不透明な動きは、法治の透明性に対する国際的な不信感を招きかねない。ルーラ政権下の司法と政治の距離感は、市場の「信頼」を左右する重大な変数と言える(brasilnippou.com/ja/articles/260214-11brasil)。
表面的な資源ポテンシャルに目を奪われ、これらの内部リスクを見落とすことは、投資家にとって致命的となり得る。
(6)国家戦略の不足:好機を活かせるか
本紙1月31日付《地経学の時代に揺れるブラジル=資源大国は好機を生かせるか》(brasilnippou.com/ja/articles/260131-42mangekyou)にある通り、ブラジルの重要鉱物を巡る構造的脆弱性も明らかになっている。
ブラジルは農業大国でありながら、肥料原料のカリウムの9割、リン酸の78%を輸入に依存する。レアアースなど戦略鉱物の潜在力は大きいが、地質調査は国土の27%にとどまり、国家戦略も整っていない。金融市場からの資金供給も限定的で、24年の民間投資2兆1千億レアルのうち、鉱業分野は190億レアルにとどまった。
専門家の間では、こうした構造問題を抱えたままでは地経学的再編の波を十分に捉えきれないとの見方が強い。米国の高関税政策、中国経済の減速、輸出市場の集中、サイバー攻撃や環境災害の増加など、外的リスクは重層化している。ブラジルが優位性を持つ食料安全保障やエネルギー転換分野でも、明確な国家方針が欠けているとの指摘は根強い。
大国間競争が激化し、供給網が政治の道具となる時代において、ブラジルが国際的な地位を高めるには、財政規律の確立と国家戦略の再構築が不可欠だ。外部環境は追い風となっているが、その機会を実利へと転換できるかどうかは、なお不確実性を残している。
(7)結びに代えて:未来を読み解くために
ブラジルはもはや「未来の国」ではなく、「今、世界経済を動かす主戦場の一つ」となった。米国、中国、欧州がそれぞれの思惑を抱えてこの地に群がる中、ブラジルはいかに自国の利益を最大化し、先進国と渡り歩くのか。
日本の投資家に求められるのは、断片的なニュースではなく、こうした地政学的な文脈を捉えた「戦略的知性」だろう。「南米の鼓動」の裏側にある真実、および投資の成否を分ける深層情報をより詳細に知るために、ぜひ本紙のニュースを継続的にチェックされることをお勧めする。(深沢正雪)








