《記者コラム》互いをつなぐ称賛と感謝=引き算ではなく足し算を

23日、サンパウロ市の宮城県人会館でバンド演奏による「日伯歌謡唱歌コンクール」(通称ゼンパク)が行われ、三つのバンド、157人の歌手が一堂に会した。
同じ日に静岡県人会館で行われた400人以上が集まったカラオケ大会と比べると小ぶりだが、「バンド演奏だと、感情のこもり方が違うね」という友人の声に頷いたりしながら、友人達との再会と歌を楽しんだ。
ゼンパクでは、楽器の音が大きすぎて歌が聞こえないとか、後ろの席だと歌詞が聞き取れないといった、生だからこその問題も発生するが、バンドとの練習を行う内に親近感が生まれ、チーム参加という感覚が強まるという、通常のカラオケ大会とは違う体験が生まれる。
それでも、大会直前には、カラオケ大会では入賞できた曲なのにゼンパクで入賞できなかったのはバンドのせいだと文句を言われたことがあるという話を聞いた。
生演奏の大会はバンドと歌手が一体化して作り上げる、どちらが欠けても成立しないイベントで、音量調節や審査員のような外的要素も影響する。また、生ゆえの思わぬミスも起き得る一方、互いが互いを補い、学び合う部分もある。今度も一緒にと思わせるのは練習や大会を通じて築いた信頼関係だろうにと思うと、悲しくなった。

幸い、コラム子の周りでは、バンドのメンバーや歌手からも、「ありがとう」「良かったよ」という感謝の言葉や誉め言葉が出、家族のような雰囲気を保っているし、「次もよろしく」という言葉も飛び交っている。
互いの成長を認めあい、相手があってこその自分であることを認識する時、出て来るべきは、相手を責める言葉ではなく、相手を称賛し、感謝する言葉ではないのかとも思う。
もちろん、高みを目指すための指摘や指導はあって然るべきだし、その意義は認める。また、できる子をさらに伸ばすには、甘やかし、ほめそやすよりも厳しくするべきという教育者もいる。
だが、ボーリング場でピンの前にカーテンを置き、結果だけ指で示させると、大抵の人は残ったピンの数を示すという話を聞いたこともある。そこでは、1本残ったという「引き算」の評価より、9本倒せたという「足し算」の評価の方が競技者を喜ばせるとも言っていた。
いくら練習しても「まだまだ」「あそこはダメ」と言われ続ければやる気は失せるが、「良かったよ」と言われ、「よし次も」と思った経験がある人も多いだろう。スポーツ選手は、苦手なことを克服させるより、得意なことを伸ばす方が成長が早いという。角が取れたという時も、角を削り落とすのではなく、角が隠れるほど全体を肉付けすれば丸くなると思うのは、足し算にこだわり過ぎだろうか?(み)