《記者コラム》この1年で一気に悪化した経済=高金利、高インフレ、ドル高に=選挙前年に支出削減できるか

GDP成長が1%予測から3%へ急上昇の理由
2024年のブラジル経済を見て、良いのか悪いのかと頭を悩ませている人も多いのではないか。そもそも昨年初めのGDP成長予測が1・6%だったのに、結果的には3・5%になった。これは良いことだ。
正規雇用者数は激増し、失業率は記録的な低下を示した。このように見ると、経済成長に勢いがあるという意味で実に喜ばしいことだし、実際、農業関係などを中心に輸出も実に好調だ。
ところが、年の中頃から潮目が変わっていた。
ブラジル中央銀行統計(1)によれば、昨年の経済基本金利(SELIC)は昨年年初には下がり基調で年末には9%まで下がる予想だった。実際に5月には10・50%まで下がったが、その後上昇基調に変わり、現在12・25%まで上がり、3月までになんと14%台になると予測されている。
同じように為替予測は昨年頭に1ドル4レアル後半で、5レアル前後で安定して年末を迎えるというものだった。だが、現実にはとても不安定な展開となり、年末には6レアルまで伯国通貨の価値は下がった。いまもその水準にあり、悲観的なエコノミストには7レアル台になると予測する人まで出てきた。
これらの変化の主因はインフレ上昇だ。年初のインフレ予測は4%以下で、ターゲット範囲内に収まり、しかも下降基調にあるという見方が一般的だった。つまり23年よりも24年はインフレが低く、25年はさらに低くなるという予測だった。だが現実はターゲット上限を飛び越えて、5%近くまで来ており、しかも上昇基調だ。
つまり、24年年初の経済見通しに比べると、25年年初の現実はかなり悲観的なものになった。成長率だけは好成績だが、それ以外の経済指標は軒並み悪いというのが現実だ。そのような流れの中で、昨年の外資流出は記録的な数字となった。どうしてこうなったのか? なにを恐れて外資は流出をしているのか、可能な範囲で解説してみたい。

「穏やかな成長」するはずだった2024年
12月26日付CNBブラジルで、エコノミストのカルロス・アルベルト・サーネンベルギ氏は「2024年経済はどう始まりどう終わったか」(2)で、昨年年初の経済予測から現実が大きく外れた原因を、次のように解説している。
《政府が予算を大きく超えて支出をしていることに、皆が気付くようになった。公的債務は増える一方で、本来守るべき財政規律が守られず、どんどん財政が悪化し続けている。ルーラ大統領は自分のことは棚に上げて、SEILCを上げ始めた中央銀行総裁を『金融市場による陰謀論だ』と批判して、市場関係者と気まずい関係を作ってしまっている》
政府支出増大の主因の一つは「ボルサ・ファミリア」増額だと言われる。これは貧困家庭向けに子供の通学と引き換えに生活費を支援するプログラムで、国連からも賞賛されるなど、ブラジル版「貧困者向けベーシックインカム」のような制度だ。
長い間、「ボルサ・ファミリア」が連邦政府支出に占める割合は2%程度だった。だが、ボルソナロ政権末期に選挙対策として「アウシリオ・ブラジル」に改名して増額を始め、そこから刺激を受けたルーラも、ボルソナロ以上の増額を約束した。その結果、ルーラ第3期政権で増額を続けた結果、23年6月には政府支出の8%まで占めるようになり、現在でも7・4%という高い割合を維持している。
この公的支出増大に関しては、昨年9月の中銀通貨政策委員会(Copom)が経済基本金利を全員一致で0・25%上げて上げ基調に転じさせた際、9月24日付本コラム《ブラジル経済は良いのか悪いのか=世界2番目の高成長率と利上げ》(3)で詳しく書いてある。

増えた政府と公社の支出
加えてサーネンベルギ氏は、公社支出も増えていると指摘する。《特に公社が抱える債務は史上最悪のレベルに達している。政府が先頭に立って支出を増やし、公社にもそれを強いている。ルーラは「これは投資だ」と主張するが、投資もまた支出に違いない。政府に合わせて公社が支出を激増させ、そのように政府などがばら撒いた公費13兆レアルが一般家庭に分配されることになり、国民の消費額を引っ張り上げたが、負債は財政を不安定な域に追いやっている。この不安定さをなくすために財政均衡法案(アルカボウソ)が作られた。だが現実には例外項目が次々に作られて骨抜きになった。さらに政府と連邦議会の間でその交渉が年末に行われが、結果的にさらに不安定な状況になっている》
ここでサーネンベルギ氏が言っている「不安定化な状況」とは、次のような年末の政府と議会のドタバタのことだ。
全ての法案は当然、連邦議会で承認されねばらない。現政権の最大の弱みは少数与党という点で、議会で法案承認を得るためには常に中道議員グループ(セントロン)に譲歩しなければならないことだ。
セントロン側は次の選挙を見通して、票田のある地元にできるだけお金を落としたい。しかも、誰がどれだけ議員割当金を使ったかを不明快なままにして、政府の承認なく支払いを議会内で即決できる状態を維持したい。
だが、最高裁は「資金の流れの透明化が必須」と議会に釘を刺し、議会はそれを反映させたかのような法案を作ったが、実際には骨抜き法案でしかなく、再び最高裁が議員割当金の支払い停止命令を出したことで、最高裁VS連邦議会の亀裂が年末に決定的になった。
歳出削減パック関連法案、税制改革細則、2025年連邦予算基本法(LDO)の承認などを盾にとって、連邦議会はルーラ大統領からフラヴィオ・ジノ判事にジェイチーニョ(うやむやにする調停工作)をやらせようとした。だが昨年末、政局調整の要となるルーラ大統領が頭痛を訴えて、聖市病院で頭部手術を受けるなどタフな交渉ができる政府側人材がいなかった。
同最高裁判事が議員割当金支払い凍結を繰り返したため、連邦議員側は反発して、どんどん財政均衡法案の骨抜き化が進められ、税制改革細則や25年予算案の採決を後回しにした。
それら一連の動きが金融市場側から「不安定さ」と見られ、外資流出傾向を後押ししている。

世界の投資家がブラジルから逃避した理由
サーネンベルギ氏は同コメントの中で、《このように国民にバラまいた資金で経済は回り、成長率は予想以上の伸びを示した。その反面、市中にマネーが大量に出回ったことでインフレ上昇という副作用が起き、その傾向が顕著なことから年の後半からSELIC上昇を招いた。不安定さを嫌った外国人投資家は外資を引き上げて、レアルは下落して6レアル超まで行くことになった》と指摘する。
7日付本紙「外国人投資家=321億ドルの資本流出=パンデミック以降最大に」(4)にも、《サンパウロ証券取引所(B3)によると、外国人投資家らは2024年、セクンダリーセグメント(既に上場している株式)の資金として321億ドルを引き出した。これは、同証券取引所からの資金流出としては2020年以降で最大の資本流出となったと6日付ヴァロール紙などが報じた》とある。
同記事の中では、専門家の「公的会計の悪化や歳出削減策に対する投資家の失望などの国内問題により、世界の投資家が完全に遠ざかってしまった」というコメントが紹介されている。
サーネンベルギ氏は《ではこの問題はどうしたら解決できるか。それは一言で言えば、顕著な支出削減しかない。私が見る分には、ハダジ財相は心配こそしているが、政府自体はそのような政策を真剣に進めようと思っていない。だから、昨年は「穏やかな成長」という予測で始まったが、予想外の高い成長率と「高い不安定性」で終わった。だが、この高金利、高インフレ、ドル高によって25年の経済成長率は徐々に損なわれていくに違いない。それに対して国民はどんな反応をし、政府はどうこたえるか。答えは、財政均衡化しかない》と締めくくった。

高金利、高インフレ、ドル高で経済成長率は徐々に損なわれていく
政府が大規模な財政出動を続ける限り、インフレ圧力は続く。高インフレを抑えるためには高金利しかない。高金利だと銀行から借金が出来なくなり、企業の資金回りが潤滑でなくなり、農業や工業はもちろん産業全般、一般消費も含めて経済発展の勢いを削ぐ。ドル高は全ての物価に影響してインフレをさらに押し上げる効果がある。インフレが上がり基調であれば、金利もさらに高くなるという悪循環環境だ。
このように今年の経済が悪くなると、来年の大統領選におけるルーラ勢には不利になる。
選挙に焦点を絞って言えば、なぜ2024年の政府支出増大を抑制できなかったかと言えば、「地方選挙の年」だったからという面は大きい。与党側の市長や市議候補にとって、選挙の直前に地元自治体への議員割当金などの資金を減らされるのは最悪の展開だ。だが25年は選挙がない年であり、比較的支出削減する環境としてはやりやすい。
とはいえ、国政選挙ベースに考えれば、通常なら任期4年の最初の2年間は支出を抑制して、最後の2年間に政府資金を大盤振る舞いして次の選挙での評判を上げるのが、今までのパターンだ。だが現政権は最初から支出全開で乗り切ろうとしているように見える。
いずれにせよ、来年2026年には再び大統領選が控えており、そこに向けて票を固めていくタイミングだ。だからルーラ大統領としては、たとえインフレになっても支出削減はやりたくない―ように見える。だが、インフレで一番困るのは常に一般庶民だ。それをブラジル人は肌感覚でわかっている。インフレ上昇が起こり始めたことに関して、国民に強い反発が生まれるのも時間の問題だろう。
とにかく、昨年頭の楽観的な経済環境から、今年の年初にはかなり悲観的な経済環境にこの1年で変化し、財政均衡法案に対する信用は地に落ちた。この動きは、しっかり頭に入れておいた方がよさそうだ。(深)
(1)https://www.bcb.gov.br/estatisticas
(2)https://cbn.globo.com/podcasts/carlos-alberto-sardenberg-linha-aberta/