同人誌『西風』21号刊行=移民体験談やエッセー17編

西風会は5月、同人誌『西風』21号(338頁)を刊行した。インド在住邦人によるコラムもあり、約17編の深みあるエッセーや小説、社会時評や論考などが掲載されている。同会は会員が様々なテーマについて議論する私的な研究会だ。
「遠い思い出」(井口 原 道子)には戦争前後のアリアンサ移住地の貴重な実話が記されている。「雷や四方の樹海の小雷」という佐藤年腹の代表作を冒頭に掲げ、「バシーッと天地を裂くような大音響がして、ピタッと静まり、その後を小雷と言うのはこのことであろうか、ド、ド、ド、ド、ド、ゴロゴロゴロゴロと、何千という太鼓を打ち鳴らすような音が、原始林の躍り狂っている樹木の下をくぐりながら、西から東へ、北から南へといつまでも、いつまでも行ったり来たりしながら響きわたる。その上を、真白い幕を張ったように天も地も覆い隠した雨が、地も割れんばかりに叩きつけて行く」(55頁)と情景描写する。これ以上に年腹の句を説明する適当な描写は見当たらない。しかも「私の幼い頃は、この句に語られている光景は、まだいくらでもあった」と懐かしむ。
「七十の手習い」(橋本孝子)には、70歳を過ぎてから茶道を始めた著者の謙虚な体験談が書かれている。夫が「畳の上で大の字になって寝てみたかった」と言って自宅に畳の部屋を作ったのをきっかけに、友人からお茶の道具一式をもらい、お稽古に行くことになった。「一番困るのは、歳を食っている私に対して、もう相当の修行を積んでいる先生かと間違えて、私を『先生』と呼ばれる人が多いのには辟易としています。誰も七十歳過ぎてから始めたなんて思わないでしょうから仕方がないことですが。一々、その場で自分は先生ではないと繰り返し訂正しています」(137頁)と記す。
「よもやま話・思いつくままに」(中島祐一郎)の最後には過去の邦字紙から掲載されたピアーダが転載されている。「不要な大臣」には「ブラジルの大統領が閣僚を率いて隣国ボリヴィアを公式訪問して会議を持った。冒頭、ボリヴィアの閣僚の紹介があった時に海軍大臣が居たので、ブラジル大統領がボリヴィアの大統領にそっと『海のない貴国に、なぜ海軍大臣がおられるのですか?』と尋ねたところ、ボリヴィア大統領は『では、なぜ貴国には法務大臣が居るのですか?』と答えた」(154頁)との懐かしいジョークも。
「激動の三時代を日本とブラジルで生き抜いた女性の生涯」(岩山明朗(としろう))で描かれる母・明子(としこ)の生き様も心に残る文章だ。戦時中の日本での苦しい生活を経て、戦後、ブラジルから母の親戚が一時帰国した際、渡伯することを決意。当地でも繰り返し困難に直面しながらも家族を守った母。最後に「かあちゃん有難う!僕は貴方の息子に生まれてほんなこつ、良かったですばい!」(172頁)との一言が光っている。
1冊45レアルで、フォノマギ書店(11・3104・3329)や本紙編集部で販売する。問い合わせや投稿の連絡は中島宏さん(メールnakashima164@gmail.com)まで。