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【コラム】奥原マリオ純=(17)ブラジルに生きる「ニホンジン」の記憶

2025年9月27日

10月16日から公開される長編アニメーション映画『Eu e Meu Avô Nihonjin(私と日本人のおじいちゃん)』の一場面
10月16日から公開される長編アニメーション映画『Eu e Meu Avô Nihonjin(私と日本人のおじいちゃん)』の一場面

1983年、NHKが放送した連続テレビ小説「おしん」は、世界60カ国以上で大きな反響を呼んだ。ブラジルではTVガゼッタの番組「イマージェンス・ド・ジャポン(日本の映像)」内で週ごとに放映され、2年間にわたり多くの視聴者を魅了した。

企業経営と家族のはざまで苦悩する主人公が、自らの歩みを孫の圭に語り継ぐ姿は、世代を超える物語として世界の人々の心を揺さぶった。祖母が孫に人生を語るという口承の形式そのものが、深い共感を生んだのである。

それから42年後。小説『Nihonjin』(オスカル・ナカザト著)をもとにした長編アニメーション映画『Eu e Meu Avô Nihonjin(私と日本人のおじいちゃん)』が10月16日から公開される。本作もまた、世代を超えて受け継がれる「記憶の力」を軸に据える。

おしんが孫に語ったように、移民一世の稲畑英雄は、自らの過去を孫の昇に伝える。それは単なる家庭の記録にとどまらず、日本移民の歴史に刻まれた差別、不可視化、弾圧の記憶をも照らし出す。稲畑はかつて日本語教師であったが、1937年から45年にかけての「エスタード・ノーヴォ(新国家体制)」期に投獄され、移民の子どもたちを教えることを禁じられたのだった。

監督・脚本は『ペイショナウタ』(2009年)で知られるセリア・カツンダ。彼女は農村での労働搾取や政治的迫害、人種差別、ステレオタイプといった日系社会に根深く残る課題を、アニメーションという柔らかな形式を通じて繊細に描き出す。その選択は、今なお心の奥底に痛みを抱える多くの日系人にとって救いとなる。

「ブラジルの人種のるつぼを語るとき、東洋系は含まれていないことが多い。日系人はいつまでも『本当のブラジル人ではない』と見られがちです。でも、彼らもまたブラジル人を象徴する存在であり、その姿が加わることで私たちの国の顔はより豊かになるのです」と監督は語る。

映画は、日系人とその子孫を「見えない存在」から救い出し、ブラジル史の一部として正面から描き出す。単なる記録映画ではなく、民族や階層、信仰を超えて教育的価値を持つ作品だ。劇中、日系の孫は黒人の少年やポルトガル系の白人の少女と友情を結ぶ。その姿は、純粋な子ども同士の絆の大切さを訴えると同時に、多様な文化の共生が学校生活のなかで育まれることを示す。

さらに本作は、家族の記憶がいかに共同体のアイデンティティの鏡となるかを改めて教えてくれる。日本移民の物語は「成功譚」ではなく「克服の物語」である。映画に登場する稲畑家の姿は、消え去った場所や、懐かしい週末の焼肉、七夕祭りの飾り付けに奔走する祖母の姿、親族が集う賑やかな記憶を呼び覚ます。

『Eu e Meu Avô Nihonjin』は、1980年代の日系家庭の姿を重ね合わせながら、二世・三世が直面した「人種的アイデンティティ」という課題を静かに問いかける。

そして今でははっきりしている。日系ブラジル人は日本人ではない。移民を祖先に持つ、誇り高きブラジル人そのものなのだ。


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