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JICA協力隊員リレーエッセイ=ブラジル各地から日系社会を伝える=(44)=「日本移民史と日本語資料の宝庫」で=サンパウロ人文科学研究所=学芸員 謝花聡恵

2025年10月2日

清水総領事が人文研を訪問され、貴重な書籍や資料をご覧になりました。その際「想像以上の資料だ」とのお言葉をいただきました(深沢ブラジル日報編集長・保久原ジョルジ人文研理事長・清水総領事・謝花)
清水総領事が人文研を訪問され、貴重な書籍や資料をご覧になりました。その際「想像以上の資料だ」とのお言葉をいただきました(深沢ブラジル日報編集長・保久原ジョルジ人文研理事長・清水総領事・謝花)

部屋いっぱいに並ぶ本、本、本。そしてその横にドンと並んだウイスキーの瓶たち。思わず「ここは本当に研究所?」と首をかしげたくなる光景が広がる――これが「サンパウロ人文科学研究所」、通称「人文研(じんもんけん)」です。戦後まもない1946年、日本移民の知識人たちが「自分たちの歴史は自分たちで残さなきゃいけない」と立ち上がり、1965年に正式に認可された研究団体。今年でちょうど60周年を迎えます。約5万点の本や資料がぎっしり並ぶ様子は、ブラジルにあるとは思えない「日本移民史と日本語資料の宝庫」です。

私はここで学芸員として、本や資料の整理、デジタル化を担当しています。一見地味な作業ですが、日々小さなドラマがあります。本棚を整えた翌日「この本ありますか?」と、昨日並べたばかりの本を探しに来館者が現れることもあり、まるで本が人を呼んでいるようだと上司と笑い合いました。

人文研の“宝物”を少し紹介しましょう。人気が高いのは画家で移民史研究家の半田知雄氏の資料です。『移民の生活の歴史』の著者として知られ、膨大な日記や原稿が残されています。ほかにも戦前のブラジル国内で発行された日本語書物など、人文研にしかない貴重な資料が多数あります。コロニア(ブラジル日系社会)のベストセラーといえば料理本。料理学校を主宰した著者の名から『はつえさんの本』と呼ばれ、結婚祝いや嫁入り道具として一家に一冊あったといいます。長く住む方にとって当たり前でも、私には新鮮な発見で、驚きを楽しみながら資料と向き合っています。

人文研の「書庫」には、図書約2万点・個人資料約3万点、計5万点を所蔵しています。現在、これらの資料を整理中です
人文研の「書庫」には、図書約2万点・個人資料約3万点、計5万点を所蔵しています。現在、これらの資料を整理中です

人文研にはユニークな伝統もありました。「夜6時を過ぎるとのれんがかかり、人が集まってきた」といい、その時は人文研ではなく人文“軒”。ウイスキー片手に熱く語り合い、氷を作るために皆で買った冷蔵庫は、主の大半があの世に去った今も、現役です。真面目なのか飲んべえなのか境界はあやしいですが、こうした夜な夜なの議論が研究や人の縁をつなぎ、歴史を築いてきたのでしょう。

資料整理をしていると、人々の物語に出会うこともあります。コロニアでは文芸活動が盛んで、小説や俳句、詩、自分史などが多く残されています。最近も「家族の歴史を書きたい」と来館された方が、資料の中に故郷の記憶を見つけ目を輝かせていました。その姿に立ち会うと、人文研はまるでタイムマシンのように思えます。

また、先日はブラジル日報の深沢編集長に同行し、北海道協会にて閉鎖前の日本語図書室を調査しました。その際170冊の貴重な資料をご寄贈いただき、その中には1927年発行『相内村誌』もありました。すでに村は56年に消滅し、ブラジルへの移民に関する記述も見つけられませんでしたが、「村の誰かが移住する際に持ち込んだ本なのだろう」と、ここブラジルに残された軌跡に思いを馳せました。こうした資料の散逸を防ぎ、適切に保管して将来への活用に繋げることも、人文研そして私の役割です。

ブラジルで日本語を読む人は少なくなっていますが、人文研の資料一つひとつには必ず“誰かの物語”が眠っています。貸出はしていませんが、研究者でなくてもどなたでも利用できます。「日系社会についてちょっと知りたい」でも大歓迎です。場所はリベルダージのブラジル日本移民史料館と同じ建物。史料館を見学したあと、ぜひ3階の人文研ものぞいてみてください。きっと新しい発見が待っているはずです。


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