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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(349)

2026年2月27日


 組合にとっては、その間、債権の回収は不可能となる。原資の対銀行債務の利子は狂騰を続けていた。

 前記の赤字経営によるそれとともに、組合の組合員に対する焦げ付き債権は、化け物の如く膨れ上がりつつあった。

 話をアサイ紡績工場に移す。

 建設は進んで居た。しかし、投資額六〇〇〇万㌦の内、パラナ州開発銀行から出た二、〇〇〇万㌦以外の四、〇〇〇万㌦は、既述の様に民間銀行から借りたホット・マネーであり、これが、金利の狂騰で八九年末には、倍増してしまっていた。

 

 地獄の底に…

 

 コチアは、銀行への債務で、地獄の底に引きずり込まれていた。債務が鉄鎖となって、足首にガッチリ絡みつき、脱出を許さなかった。

 因みに八〇年代の債務額を記すと。──

 八一年 七、〇〇〇万㌦

 八五年 一億一、〇〇〇万

 八七年 一億六、〇〇〇万

 八八年 二億一、〇〇〇万

 八九年 二億九、〇〇〇万

となっている。(年度末決算書への計上金額を公定レートで換算)

 この内、商業銀行からの借り入れ(つまりホット・マネーと見做すべき部分)は

 八一年 一五㌫、

 八五年 二七

 八七年 二五

 八八年 四七

 八九年 六五

 である。

 いずれも、ケイロウ専務が解任された八一年以降の、増え方が異常である。

 銀行への負債(借入金プラス利子)を清算するために借りる…それを清算するためにまた借りる…その繰返しで自転車操業に陥っていたのだ。

 その上、新規の借り入れも相当あり、負債額は雪だるま式に増えていた…そういうことであろう。

 無論、相応に資産が増えていれば良い。が、流動資産のうち最大を占める組合員に対する債権は、相当部分が焦げ付いていた。

 その詳細は極秘にされていた。当時のある元監事によれば、極めて高い比率であるということだった、どうも大半がそうではないか…という印象を筆者は受けた。

 なお、事業量は、八〇年代は、平均すると年間九~一〇億㌦であった。

 組合の財務に精通している役職員から見れば、右の財務内容は、全身に震えが来るほどであったろう。

 もっとも、当時、外部の人間がコチアの決算書を分析しても、危険な状態にあることには気づかなかったようである。

 決算書の粉飾によるものであった。

 参考になる話がある。一九九三年になって、コチアが債務支払い不能に陥った時、民間銀行では最大の債権行であったのがBCN=バンコ・デ・クレジット・ナショナル=である。

 その支店で、コチアを担当していた大谷イリネウという人がいる。

 彼がBCNに入ったのは八八年である。当時、同行は、コチアとは取引はなく、是非、顧客にしたいと考えていた。コチアは規模が大きく、信用度も高かった。

 そこで偶々、BCN、コチアの財務部門の両方に知人がいた大谷が雇われた。

 当時、大谷はコチアが潰れるなどとは、夢にも思っていなかった。彼は、特にゼルヴァジオが会長としてコチアに居ることで、安心していた。

 というのは、大谷はボーイ・スカウトの少年指導員をしており、ゼルヴァジオも所属する隊は違っていたが、指導者であった。ボーイ・スカウトは、騎士道精神をバック・ボーンとしている。

 コチアの財務部門にいた知人も、組合の健全性を保証し、BCN入りを勧めた。大谷は同行に入り、コチアへの食込みを図った。それは意外にもスラスラと実現した。

 BCNのアナリスト(顧客の財務状態の調査分析係)は七、〇〇〇万㌦相当の融資枠が、コチアに対して設定可能であるという意見を出した。が、大谷は念のため慎重を期して、当分四、〇〇〇万㌦の枠で行くことにした。

 大谷がコチアへの大口融資を決める度に、同僚たちが「ワッ!」と囃し立てた。お手柄だと…。

 抵当はとらなかった。(他の銀行も、そうであった)

 この話でも判るように、当時のコチアは、銀行の方から顧客にしようとして、接近してくるほどだったのである。

 従って数年後、その瓦解が表面化した時、八十四もの銀行から金を借りまくっていた事が判り、その融資担当者たちは「騙された」と、怒り狂うことになる。(つづく)


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