ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(380)
その後、清算人を辞任した。
「仕事もないのに、清算人が四人も居るのは無駄」
と、身を退いたのである。
が、筆者は、その辞任を知らずにいた。知らぬまま自宅に電話をかけた。ところが、突如、受話器を通して、
「もう、いい加減にしてくれ!」
と、怒鳴り声が伝わってきた。
これには驚いた。温厚な富森が、かつて表わしたことのない不機嫌さであった。
やがて、この人が、知人と会っても、それが誰であるか判らなくなっている、と知った。病名は「アルツハイマー」だという。
筆者は内心(そうだったのか!)と驚いた。あの神経から来ている体調の悪さ、頭痛そして怒鳴りは、その兆しだったことになる。
発病の原因は「組合の問題で苦しみ続けた」こと以外に考えられない。
それにしてもアルツハイマーとは!
スールの落城を、改めて鮮烈に、実感させる一事だった。
ただ、その後聞いた夫人の「おとなしい病人ですヨ。子供たちが応援してくれ、看護士さんも、ついていますし…」という言葉が救いだった。
一方、コチアでは、信じがたい出来事が発生していた。
ゼルヴァジオがコチアを相手に労働裁判所へ報酬問題で、訴訟を起こしたのである。
最初、その話が流れた時、誰もが、
「そんな馬鹿な!」
と、ポカーンとしていた。
ゼルヴァジオは、コチアの経営者、つまり雇用者であった人間である。労働裁判は被雇用者が雇用者あるいは雇用機関を相手に起こすものだ。
ポカーンとするのは、当然であった。
前代未聞の話であった。
しかも組合を(相談役を最後に)辞めてから二年も経って、それをしている。その組合は経営破綻によって解散…つまり倒産をしているのだ。
提訴は、コチア産組だけでなく、グループ会社五社まで対象にしていた。
この一件、しばらくは誰にも解けぬミステリーであった。
労働裁判所が一九九七年に出した判決文の中に、ゼルヴァジオが、最初の法廷で行った発言が記載されている。が、その言葉には、おかしな部分や単純な間違いがある。 発言の中で、ゼルヴァジオは、
「私は、コチアとグループの五社の労働者(正確には、経営者)として働いた」
「一九九三年六月にはFGTSを引き出している」
FGTSとは法定の退職金のことである。
「一九九一年(正確には一九九〇年)三月、会長を退き、相談役理事(正確には相談役)に就任した時、終身報酬を保証された。が、一九九三年八月に相談役制度が廃止され、以後、それを受取っていない」
として、終身報酬の支払い継続を求めている。(カッコ内は筆者の註)
右の発言の中に「終身報酬」という言葉が出てくる。
ゼルヴァジオは、一九九〇年三月に会長を辞したが、役員会から、五十年近い組合への貢献を謝して特別退職金を出したい、という申し出があった。
その折「一括して出す」か「相談役の報酬として長期的に出す」か、二つの方法が提示された。ゼルヴァジオは、
「コチアは今が大変な時であり、そちらの都合のよい方法で構わない」
という旨の返事をした。役員会は、
「相談役の報酬として長期的に出す」
という方法を選んだ。
なお、その前年十月に改正された定款に、相談役の項目が盛り込まれ、これを「終身職とする」と規定していた。この限りでは、終身報酬となる。
が、一九九三年五月、組合の瓦解が表面化、定款が変更され、相談役制度が廃止され、報酬の支払いも打ち切られた…のである。
ゼルヴァジオは、その継続を要求したわけだ。
継続を要求したのは、実は、この労働裁判時が初めてではなかった。相談役を解かれた後、会長のイリネウを三度訪れ、それを求めていたのである。
イリネウは、これには困惑していたという。が、その頃、ゼルヴァジオには生活費の困窮のほか、逼迫した事情があった。
というのは、彼は会長時代、組合が銀行から受けた融資の個人保証を何件かしていた。その返済を、彼の後任者たちが遅延させたため、債権銀行からインチマソン=催告状=が自宅に舞い込んだり、取立て人がやってきて脅しめいた事を口にしたりした。これに家人がショックを受けていた。
その債権銀行からの訴訟も始まるだろうし、幾らでも金が必要であった──。
イリネウに交渉しても埒が明かなかったため、ゼルヴァジオは、七十代半ば過ぎの老齢と心身の衰弱を押して、農拓協に常勤するようになった。(つづく)









