ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(373)
しかし、銀行側の保証が必要額に達せず、時間のみが過ぎて行った。
そうした中、地方でサイロを封鎖、リベラソンを要求している組合員は殺気立っていた。中には、
「軽機関銃を持って、そちらへ行く。役員を皆、集めておけ」
と本部へ電話してくる組合員(非日系)も居た。
そして各地のサイロが突如、空になった。誰が、リベラソンをさせたかについては、諸説ある。
「会長の片山が、それを認めた」
「事業所の支配人が独断でやったところもある」
「地元の裁判所が許可した」
…等々という具合だ。
ともかく食品メーカーや銀行の人間が、買ったり抵当にとったりしていた生産物を受取りに行くと、サイロの中はカラだった…ということになった。
このほか、ある事業所では、プレーゾ中の組合員や従業員の金を、倉庫に保管してある営農資材などと交換してしまった。
組合員同士で、組合に対する債権・債務を相殺したケースもある。
別の事業所では、冷蔵倉庫に未だ七割方残っていた出荷物(果実)を、本部が資金繰りのため売ろうとしているのを知ると、組合員が大挙して遠路サンパウロまで急行、中止させた。
同時に、その出荷物を自分たちの管理下に移すことを、理事会に強引に承諾させた。そして全てを売り払い、出荷物代金をサッサと回収してしまった。
バンコ・ド・ブラジルの六、〇〇〇万㌦融資の話は、一向に進展しなかった。
七月末近くになり、サンパウロ州のフレウリ知事が乗り出してきて、
「コチアを潰すことは許されない。バンコ・ド・ブラジルが融資をしなければ、バネスパがする。ただし他の債権銀行がバネスパに対して、その保証をする」
という提案をした。
フレウリ知事の介入は「バネスパは、コチアに抵当なしで大型融資をしている。コチアが潰れると、そのボロが出てしまう」という事情も絡んでいたろう。
この知事の策も前進しなかった。
やはり債権銀行側の保証引受けが必要額に達しなかったのである。
保証など「冗談ではない」というところが多かったのだ。
事態は、騒乱化して行った。例えば、抵当物件を売り払われたある債権銀行が、コチアが生産している肥料を差し押さえようとして、工場へ貨物自動車を連ねて乗り込んだ。
が、入り口にトラクターを並べた従業員に阻止された。
別の銀行は、アサイ紡績工場の機械を持ち出そうとして、大型輸送車で押し寄せた。これも同様に阻止された上、地元の裁判所も不許可とした。
こういうことがアチコチで起きていた。
審議役・理事、総辞職
そうした中、組合本部では六、〇〇〇万融資が出るという前提のもとに、先の債権銀行委員会の要求に従って、運営審議役、執行理事が全員辞任することになった。(監事は留任)
その後任に誰がなるか…は、実は重要な意味を含んで居た。組合が、もし潰れるということになれば、彼らは清算人に横滑りする可能性があった。そうなれば、莫大な資産の〝料理人〟になる。
料理の仕方一つで、債権者や組合員の利害に大きく影響が出る。裏で清算人の利害に拘わることもあろう。この国では、ありふれたことである。
後任の人選が行われた。OCBからの派遣は、サンパウロ州農務長官の推薦で、一人の日系人が指名された。これがナント、コチアの元中堅職員の小山イリネウであった。
彼は農務長官と親しかった。
債権銀行代表には、バンコ・ド・ブラジルのゼルバッチという職員が指名された。
フォルネセドール・グループは人選が遅れていた。
組合員代表のポストは、(既述の)三人のコンサルタントの一人が狙っているのではないか…という噂が流れていた。
誰もが疑心暗鬼になっていた。
筆者が当人に電話して、
「推薦されれば受けるか?」
と聞くと、
「未だ推薦されてもいないのに、そんな事には答えられない」
と言う。
明確に否定しない点が気になった。
人選のため、単協の代表者会議が開かれた。候補として名前が上ったのが、元専務のケイロウである。南パラナ単協その他の推薦によるものであった。
代表者会議は数回開かれた。ケイロウで行くかどうかで相当揉めたが、結局、彼に決定した。
前記のコンサルタントの名前も取り沙汰されたが、有力候補とはならなかった。
しかし、その決定を聞いたイリネウが、
「ケイロウと一緒では、仕事はできない」
と、強い拒否反応を示す。彼には、十数年前、当時のケイロウ専務が断行した合理化で、コチアを追われた苦い記憶があった。
ために代表者会議に再考を望む声もあったが、すでに決まった事である、と拒否された。
結局、新役員会に諮問委員として、議決権のない組合員代表を二人加えることで決着した。(つづく)









