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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(372)

2026年4月1日


 もっとも、反応の鈍い組合員が居て、足並みが揃わない所もあった。その組合員は余りのことにボーとしたままだったのである。

 もう一つ、重大なトラブルが発生していた。フンド・ロタチーボが引出せなくなったのだ。

 フンド・ロタチーボとは、組合内預金のことで、預金者は組合員、従業員であった。

 組合は、これを運転資金に利用していた。しかも、資金繰りが詰まっていたため、利子を銀行より高くして懸命に集めていた。

 その懸命さに負けて、日本へ出稼ぎ中の家族からの送金まで預けていた人もいた。

 預金総額は公表されなかったが、前年末の決算では五、二〇〇万㌦が計上されていた。

 出荷物代金とフンド・ロタチーボの、この状態を指して「プレーゾされた」という言葉が被害者の間で使われた。「拘禁された」の意味である。

 両方のプレーゾが重なった組合員もいた。数百万、数十万㌦単位の被害者もいた。

 プレーゾされた…だけでは済まぬケースもあった。

 例えば、こうである。ある組合員が、銀行から農業融資を受けて大豆を作り、四月に収穫、組合に出荷、代金の一部を受け取った。これは銀行への返済に充てるつもりでいたが、期限は六月で、まだ余裕があった。

 それを知った組合の事業所から、

 「それまでフンドに預けて下さい。銀行より良い利子を払います」

 と勧誘されて預金した。ところが、翌五月にはプレーゾになってしまった。出荷物代金の未受領分もプレーゾされた。

 銀行の方は、期限日にはホット・マネーに借り替えて清算した。が、そのホット・マネーが超ハイパー・インフレ下、狂騰する金利でドンドン膨れている。放っておけば、限りなく大きくなる。さあ、どうする?

 ところが、他方で、ずる賢く立ち回る人間も現れていた。例えば、運営審議役の某が、デフォルトの直前に、フンド・ロタチーボから自分の預金を引き出し、彼の仲間もそうした──という。

 当人の地元の事業所でそれをし、他の組合員から告発された。その審議役は辞表を出した。

 筆者は直接、本人にこのことを訊いてみたことがあるが、答えそのものが意味不明であった。

 ほかにも似たような話が、幾つも噂として流れた。

 そうした中、地方でサイロにバリケードを張っていた組合員たちは、次第に苛立ち、殺気立って行った。

 彼らは組合に対し、リベラソンを強硬に要求するようになった。リベラソンとは内部の保管物を彼らの自由にさせる…という意味である。

 しかし、その保管物は、組合本部が資金繰りのため、食品メーカーへ先売りしたり、銀行融資の抵当に入れたりしていた。(以前は抵当はとらなかったが、とる銀行が増えていた)

 それを組合員の自由にさせれば、詐欺罪が成立してしまう。責任者は刑事訴追されるであろう。が、組合員の怒りは、押さえ切れぬ一線まで行っていた。

 北パラナのある事業所では、怒り狂った組合員が、事務所にガソリンをかけ、火をつけようとした。取り押さえられたが…。

 同時期、サンパウロの組合本部に、やはり北パラナのある事業所の支配人が、血相を変えて駆け込んできた。本部では丁度、運営審議会が開かれており、その支配人に事情を訊くと、こう答えた。

 「組合員たちが殺気だっており、リベラソンをしなければ、私を殺すと荒れている。組合本部から会長が説得に来るという話もあるそうだが、来れば会長でも殺す、と…」

 ブラジルのことである。現実に、それが起こるかもしれなかった。審議会は、

 「そういうことなら仕方ない」

 と、その事業所のリベラソンを認めてしまった。

 六月末、蔵相の要請により中銀が「銀行のフンド・コモジティー(金融商品の一つ)の農業界向け運用枠を拡大、組合への融資に充てることができる」ように規定を変更した。

 コチアへの新しい融資ルートを開くため…の様でもあった。

 が、デフォルトを発したところへ運用をする銀行がある筈はなかった。なんで、こんなことをしたのかは不明である。

 蔵相は、形だけでも、コチアを救おうとしたのかもしれず、中銀も、それに付き合ったのかもしれない。

 七月上旬、債権銀行委員会から、一つの提案が浮上してきた。

 前月、連邦政府にたらい回しした委員会であったが、蔵相から再考を求められたのであろう。

 提案の要点は、次の二項目であった。

 「バンコ・ド・ブラジルが、コチア再建のための繋ぎ資金として六、〇〇〇万㌦を融資する。ほかの債権銀行が、それを保証する」

 「コチアの経営者は全員、辞任する。後任はOCB(ブラジル農業協同組合機構)、債権銀行団、フォルネセドール・グループが、一人ずつ派遣する」

 コチア側は、この新提案を了承「組合員も債権者であるので、その代表を一人加えて欲しい」と希望、委員会側は承諾した。(つづく)


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