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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(366)

2026年3月24日


 冗談を言っているのだろうと、その表情を見ると、真顔であった。

 断るまでもなく、プロの報酬は、企業の規模ではなく、その経営状態、当人の実績や能力で決めるものである。

 さらに、当時の組合財務の破綻は決定的段階に入っていた。報酬を引き下げてこそ、当たり前であり、引き上げることなど、絶対にしてはならないことであった。

 そんなことは常識である。それを弁えていない…ということは、プロではなかっただけでなく、常識人以下ということになる。

 しかも彼らは、その報酬に相応しい切れ味のよい仕事は、何一つしていなかったのである。

 筆者の胸中で、コチアの理事、幹部・中堅職員に対して、かねてから抱いていた疑惑が、次第に濃くなった。

 (彼らは、果たして、そのポストにふさわしい能力と常識の持ち主なのだろうか?)

 この報酬の引上げは、組合業務の審査・監査機関である運営審議会・監事会も問題化することはなかった。個人的には疑問を口にする人は居たようである。しかし、

 「組合員代表から成る査定委員会が決めたのだから、それに従うべきだ」

 と、拒否する審議役がいた、という。

 これでは、組合も潰れるであろう。

 さて、話を戻すと、この法外な理事報酬を怒った組合員たちの一部が、思いついたのが、邦字新聞に、これを書かせるという手であった。

 「アノ連中は腐っている。我々が声を上げても、途中で消えてしまうだろう。コチアは自浄能力を失っている。新聞で取り上げてもらう以外ない」

 と…。

 その「新聞記事にする」という話は、筆者にも二人の組合員から別々にあった。が、見送った。

 実は、資金協力に関する日本政府の回答が近々出る…という情報が入っていたのである。

 そういう時期、これを表沙汰にすれば、一切がボシャルかもしれない。従って、回答が出た後で、報酬問題だけでなく、コチアの抱える病根を総合的に、記事で取り上げるべきだ…と判断したのだ。

 「外山は、ジャーナリストではない」

 返ってきた反応である。特ダネが転がっているのに拾わない、という意味であろう。

 日本からの資金協力についても、その組合員たちは、

 「日本から金が出ても、アノ連中が、自分たちのために使ってしまうだけだ」

 と、反対すらしていた。

 これが一月のことである。

 その後一、二の経緯があり、理事報酬の件は、二月末になってサンパウロ新聞に載った。コチアの名も出さず記事も小さかったが、巷ではエライ話題になった。

 大抵の人がコチアのことであると気づいたのである。

 組合には多数の問い合わせがあった。が、回答は、

 「記事はデタラメ」

 といった類のモノだったという。

 三月、東京からコチア、スールに対する海外経済協力基金の資金協力の内定報が入った。

 コチアは、申請額三億㌦に対して内定額は二億、スールは申請額二、七〇〇万そのままであった。

 両組合の役員たちは歓喜した。これで死線を越せると…。

 ところが、意外にも内定段階から前に進まなかったのである。日本側がその融資にバンコ・ド・ブラジルの保証を求め、それが実現しなかったためだ。

 保証に関しては、後に会長の片山が「蔵相に何度も頼んだ」と言っているが…。

 (蔵相=この時点では、経済相の呼称は、元の蔵相に戻されていた)

 同時期、これも末期的症状というべき変事が発生していた。いわゆる怪文書が出たのだ。

 一九九三年の三月の通常総会を前に、理事たちの不正を糾弾する差出人不明の手紙が、各地の有力組合員に送られたのである。

 「多くの組合員の破産や従業員の大量解雇が進む中で、理事は高給を取り、部下と共に銀行と組んで、高利の融資の利子支払いを利用、巨額の背任行為を働いている。プーリングを操作して、組合員のお金を盗んで居る。理事、幹部職員は、報酬の半額しか登録していない」

 といった内容で、組合トップのスキャンダル(女性問題)まで暴露していた。

 文章は稚拙であったが「誰が、あの素晴らしいコチアを、こんなことにしてしまったのでせうか?」と旧仮名遣いで嘆いている部分などは、妙に心打つものがあった。(つづく)


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