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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(362)

2026年3月18日


 石井は、日本時代はボーイ・スカウトに所属、ブラジルに来てからも、指導者として活動を続けていた。

 この件では、さらに、皇太子(現上皇陛下)のご学友、島村宣伸衆議が協力してくれたという。

 石井は一九九〇年、日系ブラジル人の日本入国特別ビザの発給を、法務省や関係官庁へ働きかけ、成功させたこともある。

 話を戻すと、彼の周旋で渡辺と片山・前園の面会が実現した。しかし、二人が外務大臣室を訪れた時、渡辺は内心、ブラジルに関して少なくとも二つのことで、不快感を抱いていた。

 一つは、コチア青年に勧められてパラカツで試みた農場経営が不首尾に終わったことである。

 コチア青年は一九八〇年代後半、渡辺に勧め、自分たちのムンド・ノーボ農場の隣に、広大な土地を購入させた。

 渡辺はセラード開発に興味を寄せていた。

 購入した土地には、人を送り込み、農場造成に着手した。

 自分の息子にブラジルの永住権をとらせるほどの打込み様でもあった。

 が、農場経営は難航した。しかも投下資金と(当時、日本で起きたスキャンダル)リクルート事件との拘わりを疑われ…嫌気がさしたのであろう、結局、売り飛ばしてしまった。

 この件では(コチア青年に煽られて、手を出し、苦い思いを味わった)という後悔が、渡辺側に残った。

 そのコチア青年の一人山田充伸は次のように話している。

 「人に事業を勧められて始め、うまく行かなかった場合、誰でも、そうした思いが残るでしょう。

 ただ、リクルート事件では、読売新聞の記者が現地取材にきたことがある。リクルートから渡辺派へ贈られた政治献金が農場に入っているのではないか、と。

 で、記者を現地に案内、その疑いを解いた。記者も納得、帰国後そういう趣旨の記事を書いた。それで渡辺さんから、私に御礼の電話が入った」

 渡辺が抱いていたもう一つの不快感は、こうである。

 先年、日伯議員連盟のブラジル側使節団が訪日した。その際、渡辺が私的に「セラード開発のため、役立てて欲しい」と六、〇〇〇万円を贈った。

 その件に関し、以後何の報告も受けていなかった。どう使ったか…くらい知らせるべきだ、と思っていたのである。

 片山、前園はどちらにも関係はなかったのだが、ブラジルから来たということで、渡辺は不快感を洩らしてしまったのであろう。

 二人に付き添っていた石井の観るところ、片山は困りぬき、前園は額に脂汗を浮かべていた。

 ひとしきり、そういうことがあった後、渡辺は多少気が済んだのか、

 「ところで、何しに来たの?」

 と聞いてくれた。

 そこで二人は、コチアの窮状について説明に入った。

 耳を傾けていた渡辺は、片山のダラダラした長話にイライラして小刻みに足を振るわせていたが、やがて、こう言った。

 「事情は解った。何とかしなければ…」

 二人はサンパウロに戻った。

 年が明けて、日本の外務省からサンパウロ総領事館を通じてコチアに、要望を文書にして出すよう連絡が入った。

 コチアは喜んで総領事宛ての、組合再建のための融資申請書を作成、提出した。

 ただ、館側は片山たちが最初の段階で、直接外相に陳情したことで不機嫌になっていた。日本のお役人は、頭越しに上層部へ、こうした話を持ち込まれることを嫌う。

 こういう時は、現場の担当部門(この場合はサンパウロ総領事館)に、同時に話を伝えておく必要がある。

 それはマア…それとして、コチアはこの折スール・ブラジルにも、融資申請書を提出するよう誘った。

 スールは、銀行債務が一、七〇〇万㌦になっていた。殆どがホット・マネーであることは変わらない。ために資産を売りに出していたが、買い手がつかなかった。

 なお売り出した物件の中にブリーの植林場があった。十年前、中沢理事長が「あの樹を売らにゃならんことがあるとしたら、それは組合が潰れる時でしょう」と言った植林場である。

 経営合理化も進め、傘下単協を三十八カ所から三十一カ所に、従業員も一、三〇〇人から一、一〇〇人に減らしていた。が、焼け石に水だった。

 コチアの誘いにスールは喜んで乗った。

 両組合が、サンパウロ総領事館宛て文書で、日本政府へ申請したのは長期の低利融資で、金額はコチアが三億㌦、スールが二、七〇〇万である。

 融資の実現には、時間がかかり、その時には、その辺までホット・マネーの債務が増えていると計算して出した数字であった。

 この申請書提出が三月だが、同月、コチアでは総会で、監事の改選が行われた。監事の任期は一年であるが、二期務めるのが普通であった。しかし、このとき一期だけで退いた人が居た。南パラナの組合員香川公宏である。その理由を当人は、こう語っている。(つづく)


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