ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(355)
対して、小川は、
「…(略)…組合は多額の投資をしてきております。特に新しい営農前線を拓いた時には、その金額は膨大になります。また農産加工面での投資もあります…(略)…アサイ紡績工場などが、その例です。
こういった事業から、投資した資金が還元されてきますから、資金の流れが変わり…(略)…自己資金の形成に、ひと役買うことになります…(略)…」
と、答えている。
しかし、実は擦り傷一つどころか、満身創痍、瀕死の重傷を負わせてしまっていた。
紡績工場は前月から操業を開始していたが、対銀行債務中のホット・マネーの利子膨張で、組合の命取りの一因になろうとしていた。
さらに組合員が、この工場へ綿を売らないというトラブルにも見舞われていた。
「組合の工場であるのに、組合員としてのバンタージェン(利点)が無い」
と。
工場側の綿の購入価格が安いというのである。
小川は、無論、こういう事態の詳細をすべて知っていた。しかるに、右のようなスピーチをしている。
結局、この人も、専務などというポストに就いたのが、間違いだったのだ。
総会場に話を戻すと「コチアが瀕死の重傷を負っている」ことには、誰も全く触れず、従ってその対策について、真剣な論議が交わされることもなかった。つまり空転していた。
誰も全く触れなかったのは、触れたら組合の内外にパニックが突発する危険があったからであろう。無論、出席者の多くが詳細を知らなかったことにもよろう。
総会のもう一つの重要議事は、運営審議役の改選だった。
しかし、結果から観ると、何のための改選だったのか…サッパリ判らない内容となった。つまり、これも空転した。
選挙は予め一月に、十単協と本部直属組合員グループから、審議役の推薦名簿が出され、選挙管理委員会が集計、上位一八人を候補とする新名簿が作成されていた。
総会では、その新名簿の中から一二人を、出席代議員(単協と直属グループの代表一八五人)の投票により選出した。
ところが、投票結果が発表されると、アチコチから驚きの声が上がった。
北パラナ単協所属の候補四人の内、三人までが落選していたのである。
北パは会長・専務の退陣推進派の中では、最大勢力であった。当然、この選挙に関しても、何らかの方針を持って臨んでいた筈である。
従って三、四人当選と予想されていた。それが、蓋を開けてみると、たった一人だった。
何かが起こったのだ。
実は、総会直前になって、北パはその内部で「混乱」が生じていたのである。さらに別の理由で他単協の「不信」を買っていた。
「混乱」は、後に筆者がゼルヴァジオから聴いたところによると、
「北パラナといっても(会長、専務退陣のため)動いていたのはロンドリーナの連中だけだった。だからアサイの連中が、話が違うと気づいて、どういうことだ、一寸待て、ということになって…」
始まったという。
北パの本部はロンドリーナにあった。が、アサイも組合員の集中地であり、発言力のある地域だった。
そのアサイでは、ロンドリーナ経由で届くサンパウロ情報によって「ゼルヴァジオと小川の退陣は、コチア内部の世論の大勢であり、二人の意志でもある」と受け止めていた。
が、選挙の直前になって、どうも実情は違う…と、気づく人々が出始めた。結局、北パは分裂したまま、総会へ縺れ込んでしまった。
ために地元の候補への票割りが巧く行かなかった。
「不信」を買っていたのは、次の様な事情による。
これも選挙の直前、北パの理事長が、他単協のリーダーたちに電話をし、何故か「(北パの某候補に)投票しないよう」依頼した。
依頼された側は、
「自分で推薦しておきながら、自分で投票するな…とはどういうことだ」
と怪しんだ。
そして北パの候補たちへの票を削ってしまった。
…と、そういうことで、北パは四人中三人が落選したのである。
北パの理事長自身も、候補になっていたが、落選した。(同理事長は前章で名前の出たIとは別人)
この選挙では、ほかの単協の候補に関しても、変事が相次いだ。当選確実な人間が落選したり、逆のケースがあったりしたのである。
要するに会長・専務退陣推進派は、その目的を達したものの、後のことに関しては、ロクな準備をしていなかったのだ。間の抜けた話ではある。
空転続きのまま総会は終わった。
暴風雨は去っており、会場から溢れ出た人々は、水溜まりを避けつつ、駐車場の方へ流れて行った。
ただ、審議役当選者には、次の仕事が待っていた。審議会の会長と執行理事会の三役の互選である。
これは場所を変えて、大会議場の前のビル六階の会議室で行われた。(つづく)









